『理念と経営』WEB記事

第76回/『教養としての歴史小説』

歴史小説から学ぶためのガイドブック

企業経営者には、歴史小説ファンが少なくありません。
歴史に残る名リーダーたちの生涯には、現代の企業経営にも活かせる知恵と教訓がちりばめられているからでしょう。

経営者にとって、歴史小説を読むことは、娯楽であると同時に大切な学びでもあります。
したがって、目についた作品をやみくもに読むよりも、学びの方向性を定めておくことが望ましいでしょう。

どの作品を読むべきなのか? 何を、どのように学び取ればよいのか? 初心者にもそれがよくわかる格好のガイドブックが登場しました。人気作家・今村翔吾氏の新著『教養としての歴史小説』です。

本書の「はじめに」で、今村氏は次のように書いています。

《私は、教養を高める最も有力な手段は、歴史に学ぶことだと思っています。
 なにしろ歴史には、これまでの人類の営みが凝縮されています。政治も経済も芸術も宗教も、すべて歴史を通じて参照できるのです。(中略)そして、その導入として最適なのが「歴史小説」なのです》

経営者にとって歴史小説は必須教養

「教養を高める」というと漠然としていますが、「何のため」を突きつめるなら、経営者にとっては「経営に活かすために教養を高める」ことこそ目的でしょう。

そのために最適な手段こそ、歴史小説を読むことなのです。なぜそう言えるのかは、本書を読めばよくわかります。たとえば、次のような一節――。

《歴史小説は、過去の失敗事例を数多く提示しています。
 過去の成功事例から学ぶだけでなく、失敗事例からのリカバリー方法も学ぶことができるわけです。しかも、成功や失敗に至る過程を物語仕立てで、わかりやすく教えてくれます》

《私たちの人生はせいぜい80〜90 年。会社経営の期間でいうと、20代前半で起業したとしても最大でも50年程度しかありません。一方、歴史の偉人たちの記録は何百、何千年にわたって積み重ねられているので、膨大なサンプルデータを参照できます。
 (中略)
 歴史に学ぶことこそ究極の時短術です。本来数百年かけて経験から学ばなければならない知識を、たった2〜3か月くらいで学ぶことができるのですから》

《私は歴史の知識は“人生のカンニングペーパー”だと捉えています。局面こそ違えど、人はいつの時代も似たような選択に迫られることがあります。
 たとえば、「戦場での生死をかけた戦い」と「プロジェクトでの会社の社運をかけた戦い」という違いはあるにしても、どちらも勝負に挑むという意味では似ています》

歴史の知識は“人生のカンニングペーパー”……言い得て妙です。
歴史小説をたくさん読んできた経営者と、まったく読まない経営者では、さまざまな面で差がつくのも無理からぬことでしょう。

もっとも、本書は経営者に向けてのみ書かれたものではありません。対象読者はビジネスパーソン全般、もっと広く言えば「歴史から学ぼうと考えているすべての人」でしょう。

そうであっても、私は本書を誰よりも経営者に薦めたいのです。
とくに、第3章「ビジネスに役立つ歴史小説」や、第4章「教養が深まる歴史小説の活用法」あたりは、まさに経営者向けの内容になっています。

最適任の著者による1冊

著者の今村氏は1984年生まれ。まだ30代の若さながら、2018年のデビューからわずか5年で直木賞などの賞を総なめにし、ベストセラーを連発する歴史・時代小説のスターです。

しかも、今村氏自身が筋金入りの歴史小説マニアでもあります。
小学5年生にして池波正太郎の『真田太平記』を全巻読破して以来、歴史小説を読むことに青春を捧げてきた人なのです。

《私は、小学5年生のときに歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきました。(中略)同業者と比較しても、歴史小説の読書量に関しては誰にも負けないと自負しています》

まさに最適任の著者と言えます。これは「書くべき人が満を持して書いた本」なのです。

また、今村氏は作家であると同時に中小企業経営者でもあります。というのも、2021年から、廃業危機にあった大阪府箕面市の老舗書店のオーナー社長となったからです。その顛末や経営者としての経験は、本書でも少し紹介されています。

つまり、本書の内容は、経営者としての実体験も踏まえたものなのです。その点も、中小企業経営者に本書をお勧めしたいポイントの1つです。

歴史小説の海に漕ぎ出すための羅針盤

本書は、日本の歴史小説に絞った内容です。海外作家の作品は対象外なのです。
その点に注意が必要ですが、日本の歴史小説のガイドブックとしては実によくできた内容です。

歴史小説の基礎知識が一通り得られるうえ、代表的作家と代表作について、過不足ない紹介がなされています。
それも、ただ列挙するのではなく、「◯◯について学ぶにはこの作品がよい」というふうに、目的別にオススメ作品を紹介する“親切設計”です。

たとえば、「人材活用を学ぶための歴史小説ベスト5」が紹介されていたり、海外の人に日本を紹介するために「最低でも読んでおきたい歴史小説」が10冊挙げられていたり……。

さらに、事業承継やイノベーションといった、中小企業経営者の切実なテーマにふさわしい作品も紹介されています。
たとえば、歴史小説に学ぶ事業承継については一項が立てられており、その中で次のように言うのです。

《経営者がもう一つ歴史の偉人に学ぶべきは、引き際です。
 早い段階から権限を移譲し、余計な口出しはせず、後を託せる状況になったら完全に身を引く。いってみれば経営者としての“終活”です。
 この終活について、戦国武将はたくさんの教訓を示しているのに、いまだに日本の経営者は同じような間違いを繰り返しています》

すでに歴史小説が好きな経営者にとって、さらにその世界を掘り進むためのよきガイドとなるはずです。
また、「歴史小説ってあまり読んだことがないけど、読んでみよう」と考える初心者にとって、本書は“歴史小説の海に漕ぎ出すための羅針盤”となるでしょう。

今村翔吾著/ダイヤモンド社/2023年8月刊
文/前原政之

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