『理念と経営』WEB記事

「中小企業の優位性」を活かし、世界に挑め

ケイアンドカンパニー株式会社 代表取締役社長 高岡浩三 氏 ✕ 早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄 氏

コロナ禍が収束に向かい、国内景気も緩やかに持ち直しているが、バブル崩壊から続く経済停滞を、日本はいまだに克服できずにいるのが現状だ。この長いトンネルからどうすれば抜け出せるのか―。その手がかりを求めて今回登場いただいたのが、元ネスレ日本社長の高岡浩三氏と早稲田大学ビジネススクールの入山章栄氏である。企業イノベーションに精通する両氏が説く、日本企業復活の条件とは。

終身雇用が日本の経営をぬるま湯にしてしまった

―いわゆる「失われた 30 年」(バブル崩壊以降、長く続いてきた日本経済の低迷)を経てなお、日本企業を巡る厳しい状況が続いています。それはなぜなのかを、まず語っていただければと思います。

入山 なぜ「失われた30年」になったかというと、戦後の日本が選んだ「新卒一括採用・終身雇用」の経営モデルが、もう時代にそぐわなくなってしまったからだと思います。

でもそれは、高度経済成長期からバブル崩壊までは時代に合っていたのです。日本には質の高い労働力があったし、賃金も安かったから、電化製品であれ自動車であれ、欧米で生まれたものを上手に真似て、それを小型化して安価にし、安定供給することで儲けてきました。しかも、人口が増えていた時代だから市場もどんどん広がって、「キャッチアップ型経営」でうまくいっていたわけです。かつての日本企業は現場力で勝ってきたのであって、経営力やイノベーション力で勝っていたわけではないのです。

高岡 同感です。象徴的な例を挙げると、家電製品の扇風機は90年以上も前、つまり戦前にはアメリカで誕生していました。欧米ではそのころすでに第二次産業革命が起きていたのです。日本が戦後復興をしていくにあたっては、欧米のイノベーションを真似ればよかった。私はそれを、「イノベーションから派生した再イノベーション」という意味で「リノベーション」と呼んでいます。

入山 もちろん、戦後の日本にはソニーやホンダのようにイノベーティブな大企業もありました。しかし、真のイノベーションはごく一部で、大半のヒット商品はリノベーションでした。

高岡 そうですね。しかも戦後の日本には、そのリノベーションを上手に行って質の高い製品を作り出す技術力・現場力があった。だから、はっきり言って経営者は誰でもよかったのです。

入山 私はよく、「終身雇用は経営者を甘やかす仕組みだ」と言っています。駄目な経営をしても社員が逃げていかず、よほどのことをしなければ経営者もクビにならないからです。
そのぬるい構造から生まれたのが、「社長の任期」という謎の仕組みです。法律で決まっているわけでもないのに、2期4年か3期6年くらいで社長が交代する。
しかも、社長争いに負けた側はアメリカなら出ていくわけですが、日本では出ていきません。「次は自分が社長になれるかもしれない」と、そのまま残る。

高岡 私は常々、「日本の大企業はトップの任期があまりに短すぎる」と言ってきました。プロ経営者になるには10年くらいかかるし、大きな企業改革を成し遂げるにもそれくらいかかります。4年とか6年の任期では足りないのです。

入山 そのうえ、終身雇用は経営者だけでなく、社員も甘やかしますね。滅多にクビにはならないし、年功序列で給与も上がっていくから、挑戦するよりも無難に過ごそうとする。自分をリスキリングして成長しようという意欲も湧きにくい。
そうしたぬるま湯の時代が長く続いたから、日本のイノベーション力は下がっていきました。

一方、日本の賃金も高くなり、人口も減って市場がシュリンクし、キャッチアップ型経営では大きな利益が生み出せなくなった。そういう構造変化が「失われた30年」の背景にありますから、このままでは「失われた40年」になってしまうでしょう。

イノベーション勝負なら、中小企業が大企業に勝てる

入山 ただ、いまの若い世代は終身雇用なんて1ミリも信じていませんからね。その世代から日本の終身雇用が崩壊しつつあって、それは日本にとってよい変化だと思います。かつては就職人気ランキングのトップにいた大企業さえ、いまでは20代のうちに半分くらい辞めて転職すると聞きました。

高岡 終身雇用の崩壊とともに、私が日本を変える契機になり得ると思うのは、AI(人工知能)の急速な進歩ですね。例えば、今後自動運転車が普及すれば、そこに解決すべき問題が生まれます。そのように、AIの進化は新たなリスクと問題をたくさん生みますから、それを解決するイノベーションも必要になってくる。そのイノベーション競争に乗り遅れないことに、日本の希望の光があると思います。

―日本はAIでアメリカや中国に完全に後れを取っているとの見方もありますが……。

高岡 危機的状況ではありますが、挽回の芽は十分あると思います。
日本には「GAFA」のような先進IT企業が生まれませんでしたが、それは技術で負けたからではありません。
アメリカや中国のように国土が広大な国は、距離を越えて人々を結ぶネットのプラットフォームが必要だったから、それが発達したのです。一方、日本やヨーロッパ諸国のように人口密度が高い国には、切実な必要性がなかった。イノベーションは問題解決の必要性があるからこそ生まれるものです。米中には距離の問題を解決する必要があったからこそ、アメリカでアマゾンが生まれ、中国でアリババが生まれた。それだけのことだと思います。

入山 これからIoT(モノのインターネット)の時代が本格化して、あらゆるものがますますネットでつながっていくでしょう。そうした中で、製造業が強い日本には飛躍のチャンスも生まれてくると思っています。
例えば、「コマツ」は最近、建機をITで遠隔管理して生産性を上げる「スマートコンストラクション」を、社を挙げて推進していますね。あのように、IoTの時代にうまく乗れた企業が飛躍していくし、日本企業復活の鍵も一つはそこにあるのでしょう。

高岡 昔なら、コマツのような建機メーカーは建機の性能を上げることに注力していればよかったわけです。いまはそれだけでは駄目で、顧客がその建機をどれだけ効率的に使いこなせるかという「サービス・ソリューション」の提供までが、メーカーに求められます。それはIoTでしか解決できない問題なのです。

入山 高岡さんは前に、「自分にとってのイノベーションの定義は、『顧客の問題の解決から生まれる成果』だ」と言われていました。建機メーカーが解決すべき「顧客の問題」の幅が昔より広がって、その解決として「スマートコンストラクション」というイノベーションが生まれたわけですね。

高岡 そうですね。私がネスレ時代に開発した「バリスタマシン」(インスタントコーヒー・メーカー)も、IoTでつなぐことによって新たな問題解決につながっています。 2 台購入して 1 台を別居の老親に渡して、もう 1 台を子どもの家で使うと、「今日も親父はネスカフェ飲んでいるから、元気だな」ということがわかる。一種の見守り機能がついているのです。独居老人の孤独死が大きな社会問題になる中、バリスタマシンがその解決の一助になっているわけです。これもまたイノベーションです。

入山 製品の性能だけでは差がつけにくい時代だからこそ、自社製品をいかに顧客の問題解決に結びつけるかという着眼が重要になってくるわけですね。

高岡 ええ。製造業というと技術力勝負というイメージがありますが、実は技術以上に、顧客の問題解決をどう捉えるかという眼力のほうが重要なのだと思います。顧客が解決をあきらめている問題、さらに言えば顧客がまだ認識すらしていない問題を見つけ、その解決手段を提供できたら、立派なイノベーションです。そして、自社の製品をIoTでつなぐことで、製造業の技術が別の形で生きて、大きなビジネスになる可能性があります。

―中小企業がイノベーションを生むチャンスも、IoTの時代になって増えてきたと考えてよろしいでしょうか?

高岡 そう思いますよ。私はネスレという大企業でトップを務めたからこそ痛感していますが、実はイノベーションは大企業からは生まれにくいものなのです。

入山 おっしゃる通りだと思います。それは一つには「経路依存性」がイノベーションの阻害要因になるからです。大企業であればあるほど、たくさんの要素が歯車のように噛み合っていまの組織が成り立っています。だからこそ、「この歯車は時代に合わないから変えよう」と思っても、一つだけを変えるのは難しいのです。日本に「失われた30年」をもたらした一つの要因も、大企業が経路依存性に縛られていたからです。それに、日本の大企業の場合、先ほど言ったトップの任期もイノベーションの阻害要因になります。

一方、中小企業は経路依存性に縛られておらず、オーナー経営者がずっと経営するケースも多いので、その分、イノベーションを生みやすいのです。社長の決断一つで大胆な取り組みができるし、上場企業ではないのでアクティビスト(物言う株主)の意見にも縛られませんから。

高岡 そういうアドバンテージ(優位性)を活かすためには、中小企業経営者はイノベーションを部下任せにしてはいけないと思います。社長自らが先頭を切って、イノベーションを起こそうと立ち上がることです。そうすれば、大企業よりもはるかにイノベーションを起こすチャンスはあります。

入山 いちばんよくないのは、「お宅の会社は、いま何かイノベーションにチャレンジしていますか?」と聞いたとき、「いま部下に考えさせています」と言う社長ですね。イノベーションを生み出せなかったり、取り組みが失敗したりしたら、その部下が社長に怒られるということですから。中小企業のイノベーションは、トップがリスクを取って取り組まないといけません。

日本の中小企業が起こしたイノベーションの事例

入山 実際に日本の中小企業が起こしたイノベーションの事例を、2、3挙げてみましょうか。

構成 本誌編集長 前原政之
撮影 中村ノブオ


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年 11月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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