『理念と経営』WEB記事

第75回/『未来の年表 業界大変化――瀬戸際の日本で起きること』

ベストセラー・シリーズの「ビジネス編」

『未来の年表』シリーズ(講談社現代新書)は、2017年の第1弾刊行以来、これまでに5冊が刊行され、累計で100万部を突破するベストセラーになっています。

このシリーズは、人口減少・少子高齢化という日本の大問題に、さまざまな角度から迫ったものです。
第1弾『未来の年表――人口減少日本でこれから起きること』では、人口減少を「静かなる有事」と表現。「2040年 自治体の半数が消滅の危機に」などと、まさに「未来の年表」形式でこれから起きる激変が予測され、世に衝撃を与えました。

著者の河合雅司氏は、元は『産経新聞』の政治記者でした。
その仕事の中で「人口は国政の基本要素の1つである」と考えるようになり、とくに小泉(純一郎)内閣時代に年金制度改革を取材するうち、「少子高齢化と人口減少は、今後日本政治のメインテーマになっていく」と確信。以来、人口減少問題に本格的に取り組むようになったとのことです(『潮』2018年2月号の田原総一朗氏との対談より)。

その後、『未来の年表』が大ベストセラーになったこともあり、人口減少問題に造詣の深いジャーナリスト・作家として幅広く活躍中です。また、人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授、産経新聞社客員論説委員なども務めています。

今回取り上げる『未来の年表 業界大変化』は、第5弾となる最新作で、「ビジネス編」ともいうべき内容です。タイトルのとおり、製造・金融・自動車・小売・建設・物流・医療などの各業界が、今後の人口減によってどんな激変にさらされるのかが予測されています。

また、後半の第2部は《戦略的に縮むための「未来のトリセツ」》と銘打たれ、《人口減少下における企業の勝ち残り策》が、「10のステップ」に分けて提言されています。
まさに中小企業経営者が読むべき内容になっているのです。

どの業界も「ダブルの縮小」に見舞われる

《日本が人口減少社会にあることは、誰もが知る「常識」である。だが、企業や政府・地方自治体(行政機関)の「仕事の現場」に起きることを正しく理解している日本人は、いったいどれくらいいるだろうか?》

本書の冒頭で、著者はそう問いかけます。そして、人口減少のインパクトを正しく理解しておらず、過度に楽観的な経営者が多いと苦言を呈するのです。

《このまま拡大路線を貫き、現状維持を模索していったならば、必ずどこかで行き詰まる。
 私は仕事柄、経営者の集まりに招待されることが多いが、時折「うちは海外との取引が大半なので、国内マーケットが縮小しても影響はない」と語る経営者とお会いする。だが、そうした企業だって国内に取引先を一切持たないわけではないだろう。人口減少の影響を受けない組織や個人は存在しない》

《しかも、マーケットの縮小とは単に総人口が減るだけの話ではない。若い頃のようには消費しなくなる高齢消費者の割合が年々大きくなっているのである。今後の日本は、実人数が減る以上に消費量が落ち込む「ダブルの縮小」に見舞われるということだ》

深刻な危機にもかかわらず、経営者が危機感を持ちにくいのが人口減少問題でしょう。近未来の日本が「ダブルの縮小」に見舞われるとしても、今日明日にいきなり売上が激減するわけではないからです。
しかし、いまのうちに各企業が「戦略的に縮む」対策を始めておかないと、「ダブルの縮小」が本格化してからではもう手遅れだと、著者は言うのです。

本書の第1部《人口減少日本のリアル》で予測された各業界の未来を見ると、暗澹たる思いになります。どの業界にも困難が待ち受けているからです。

製造業界を例に取れば、2002年から21年までの20年間で、就業者数は157万人も減りました。しかも、34歳以下の若い就業者は20年間で121万人も減少しており、急速に高齢化が進行しているのです。

製造の現場からも、企画開発部門からも、若手が急速に減り続けている――著者は、日本の製造業界に往年の勢いがなくなった要因の一つをそこに見ています。革新的ヒット商品の誕生には若手の発想力や突破力が鍵となることが多く、《このままでは、ますます革新的なヒット商品が日本から誕生しづらくなる》と言うのです。

日本の未来をビジネス視点で概観

《人口の未来は予測ではない。「過去」の出生状況の投影である。この1年間に生まれた子供の数をカウントすれば、20 年後の20 歳、30年後の30歳の人数はほぼ確実に言い当てられる》

著者はそう言います。未来は一般に「複雑系」で、確実な予測は困難ですが、「人口の未来」は天変地異や戦争でもない限り、確実に予測できるのです。
本書の内容も未来に関することが中心ですが、どれを取っても、出所の確かなデータの積み重ねによる予測であり、著者の個人的意見・感想のたぐいではありません。

どの項目も非常によく調べられており、日本の未来をビジネス視点から概観するための資料として、価値の高い1冊です。

今年(2023年)の年頭に岸田文雄総理が打ち出した「異次元の少子化対策」が象徴するように、政治の世界では「少子化に歯止めをかけよう」という論調がいまだに主流です。しかし、「異次元の少子化対策」がSNS等で冷笑をもって迎えられたように、少子化に歯止めがかけられると本気で考えている人は、もうほとんどいないでしょう。

日本の人口減少はもはや避けがたい未来であり、企業経営も、それを前提として織り込んで長期計画を立てるべきなのです。著者も、そう考える立場から本書を執筆しています。

企業が「戦略的に縮む」ための要諦

では、「ダブルの縮小」に見舞われる未来に向け、日本の企業はどう変わっていくべきなのか? その対策が論じられたのが本書の第2部です。

第1部が業界ごとの解説であるのに対し、第2部は総論ですから、業界ごとの個別具体的な掘り下げはありません。それでも、企業が「戦略的に縮む」ためのポイントが手際よく概観されており、傾聴に値する卓見も多い内容です。

《いま日本企業に求められているのは、(1)国内マーケットの変化に合わせてビジネスモデルを変える、(2)海外マーケットに本格的に進出するための準備を整える──という二正面作戦である》と、著者は言います。その「二正面作戦」の中身が、「10のステップ」に分けて解説されていくのです。

たとえば、「ステップ1」は《量的拡大モデルと決別する》です。

《人口がどんどん増えていた時代には売り上げを伸ばすことが、そのまま利益の拡大を意味していた。しかしながら、国内マーケットが急速に縮小する社会において、パイの奪い合いをしても誰も勝者にはなれない》

もっともな指摘ですが、経営者の多くはこれまでの“思考のクセ”が取れず、「量的拡大モデル」に沿って考えてしまいがちです。いまだに《生産体制強化のための設備投資や店舗数の拡大をしている企業が少なくない》のです。《人口減少社会ではそうした投資はいずれ経営の重荷となる》と、著者は指摘します。

また、「ステップ3」として、《製品・サービスの付加価値を高める》が挙げられています。

《マーケットが縮小する以上、GDPや売上高が減るのは仕方ない。それをカバーするには、製品やサービス1つあたりの収益性を高めることだ。「薄利多売」から「厚利少売」(販売する商品数を少なく抑える分、利益率を大きくして利益を増やすビジネスモデル)へのシフトである》

このシフトも、「よりよいものを、より安く」という価値観で進んできた企業が多い日本では、なかなか適応しにくいものと言えます。しかし、薄利多売のビジネスモデルは、人口減少社会にはそぐわないでしょう。これからの企業は、売上を高めることより、利益を高めることにこそ注力すべきなのです。

もちろん、高付加価値化しやすい分野と、しにくい分野(たとえば生活必需品)があるのは確かです。その点についても、次のように提言されています。

《高付加価値化しづらい製品を扱っている企業の場合には、厚利少売でしっかり利益を確保できる部門を1つはつくり、薄利多売の製品とセットで利益を考えることである。どんなにマーケットが縮小しようとも、低価格で消費者に商品を届けるという企業が使命を果たし続けるためにはハイブリッド型でいくしかない》

中小企業経営者は、本書の「10のステップ」を念頭に置いて、自社の長期的ビジョンを考えてみるとよいでしょう。

河合雅司著/講談社現代新書/2022年12月刊
文/前原政之

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