『理念と経営』WEB記事

いま変わらなければ、 未来はないんだ!

株式会社マツブン 代表取締役社長 松本照人 氏

外資系商社のトップ営業パーソンから家業に入った 3 代目を待ち受けていた、斜陽業界の厳しい現実。そこから、事業を方向転換して会社を見事に蘇生させるまでの軌跡――。

マツブンの社名は、腕のいい刺繍職人だった創業者・ 松本文作さん(現社長の祖父)に由来する。1939 (昭和14 )年の創業当時、スーツに持ち主の名を手刺繍する職人は東京に3人しかいなかったという。

個人向けの小さな刺繍業者だったマツブンだが、 2 代目の誠さん(現社長の父)が1960年代に機械化を進め、事業もアパレルメーカーの下請け加工にシフトした。メーカーから大量に送られてくる洋服のパー ツに、ブランドロゴなどを機械で刺繍する仕事である。高度経済成長の波に乗り、事業は大きく拡大した。

マツブンの最初の逆境は、75(同 50)年に起きた放火事件だった。工場と自宅が放火されて全焼し、松本さんの祖母と曾祖母が亡くなったのだ。

「両親と姉は出かけていて留守でした。僕は8歳でし たが、近所に遊びに行っていて、帰ってきたら火事になっていました。家に飛び込もうとしたら、近所の人に羽交い締めにされて止められて......」

愛する家族、住む家、工場、商品、借金して購入したドイツ製の大型刺繍機......すべて失った。絶望的状況にもかかわらず、再建の過程で両親が愚痴や泣き言をいうのを、松本さんは一度も聞かなかったという。

「おそらく両親は、僕につらい思いをさせてしまった と負い目を感じていたのでしょう。火事のことで泣き言を言ったら僕が余計につらくなると、努めて明るく振る舞っていたのだと思います」

その姿は、幼い心に深く刻みつけられた。そして、時を経て 3 代目社長となったとき、〝経営者が逆境に立ち向かう姿勢〞の手本となったのだ。

「そうですね。僕が後を継ごうと思ったいちばんの理由は、再建のために両親が黙々と頑張る姿を、子どものころ目の当たりにしたことにありますから」

「何で刺繍屋なんか継いじゃったの?」

いずれは後を継ぐと決めていた松本さんが、大学卒業後、畑違いの外資系商社に就職したのは、「そのほうが学べることが多いだろう」と考えたためだ。「3年くらいで辞めて家業に入ろうと思っていたので、外資系のほうが最初から大きな仕事を任せてもら えるという目算もありました」

商社では、米国製の事務機械を売る部門の営業とマーケティングを担当した。抜きん出た営業成績を上げていたこともあり、3年で辞めるつもりが、会社側 に慰留されて約10年勤め、2000(平成12 )年、 32歳で家業に入った。

「入社に際しては、僕の覚悟を示すため、髪を人生初 の五分刈りにして臨みました(笑)」

だが、待ち受けていたのは、想像を超える刺繍業界の斜陽化だった。

「その年の売り上げが過去最低の4800万円。父の代のピークは1億8000万円だったので、そこから75%減という厳しい状況でした」

アパレルメーカーが人件費の安い海外に生産拠点を移し、そのことが国内の刺繍業者を直撃していた。

マツブンの取引先も激減。価格競争も激化し、刺繍加工賃の相場も下落した。

「外資系商社でトップセールスマンだったというプライドもあったので、自力で状況を打開してみせようと考えました。『父と同じことをするのでは、自分が継ぐ意味がない』という思いもありましたし......。それで、 つきあいのあるメーカーは避けて、他のメーカーに飛び込み営業をして回ったのです。マツブンは業界では知られていたので、みんな話は聞いてくれましたが、 『うちも不景気で、出せる仕事はないよ』と言われることが多くて、新規開拓は進みませんでした」

営業先で初対面の相手から、「(斜陽業界なのに)何で刺繍屋なんか継いじゃったの? サラリーマンを続けていたほうがよかったんじゃない?」と、心ない言葉をぶつけられたこともある。

「いま思い出してもくやしくなるくらい、そのときの ことは鮮明に覚えていますね」

敏腕営業パーソンとしての矜持は、奔走しても実りがない日々の中でズタズタになった。

直接営業以外に、ネットを介した売り込みも模索し た。翌01(同 13)年には、当時まだ刺繍業界では珍しかった自社のウェブサイトを、市販ソフトで自作して公開。そこに「下請け加工、承ります」と書いたが、メーカーからの反響は皆無だった。

「これだけやってダメだということは、アパレルメーカーから刺繍を下請けして利益を出すビジネスモデル自体が、もう成り立たなくなったんだなと痛感しました。でも、代わりに何をやったらいいのかわからな くて......」

そんな五里霧中の逆境が、入社から2年ほど続いた。

取材・文・撮影 編集部


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年 10月号「逆境! その時、経営者は…」から抜粋したものです。

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