『理念と経営』WEB記事

第74回/『週1副社長になりませんか。』

プロジェクトの仕掛け人が舞台裏を明かす

当連載の読者の皆さんならおそらく、鳥取県による「『週1副社長』プロジェクト」について聞いたことがあると思います。
同プロジェクトは、地方発の「働き方革命」として話題を呼び、たくさんのメディアが取り上げてきましたし、中小企業経営者なら関心を寄せざるを得ないものだからです。

どんなプロジェクトなのか? 本書の冒頭にある著者自身による説明を引いてみましょう。

《「週1副社長」プロジェクトを一言で言うと「お金をかけず都市部で活躍するビジネスパーソンに県内企業の仕事をしてもらう仕組み」です。もう少し具体的に説明すると、月3万円から5万円という安価な報酬で、大都市圏・大企業のビジネスエキスパートに鳥取県の中小企業経営者の伴走者になってもらう取組みとでも言えばいいでしょうか。
 このプロジェクトは2019年度から鳥取県でスタートしました。「鳥取県で週1副社長」をうたい文句に、東京や大阪など都市圏で副業や兼業をしたいというビジネスパーソンと鳥取県内の中小企業をマッチングする「週1副社長」プロジェクトを進めていて、各方面から高い評価をいただいています》

著者の松井太郎氏はソフトバンクグループ出身で、経営コンサルタントとして活躍していた人。鳥取県側に雇用され、「戦略マネージャー」という立場で「週1副社長」プロジェクトを推進してきました。いわば、同プロジェクトの仕掛け人です。

内閣府が「地方創生」を合言葉に「プロフェッショナル人材事業」をスタートさせたのは、2015年のこと。そこから、東京を除く46道府県に「プロフェッショナル人材戦略拠点」(以下、「プロ拠点」と略)がそれぞれ設置されました。
鳥取県のプロ拠点に戦略マネージャーとして雇用されたのが松井氏であり、試行錯誤を経て、独自の取り組みとして「週1副社長」プロジェクトを始めたのです。

各道府県がプロ拠点で人材活用の取り組みを進めていますが、その中にあって鳥取の「週1副社長」プロジェクトは、突出した成功例として注目を浴びています。副題にあるように鳥取県は「人口最小県」であるにもかかわらず、人材誘致・マッチング実績がダントツだからです。2022年度を例に取れば、応募者3109人で、162社265人のマッチングが成立しています。

この「週1副社長」プロジェクトの歩みと舞台裏を、仕掛け人自らが明かしたのが本書なのです。

なぜ「週1副社長」なのか?

「週1副社長」について知った人の多くが、「月3~5万なんて金額で、都市部のビジネスエキスパートが応じてくれるものなのか?」と疑問を感じるでしょう。
本書にはこんな一節があります。

《都市部から「週1副社長」として参加していただく方への報酬は月3~5万円ですから、大学生の家庭教師に支払う金額と変わりません。下手をするとそれより安いわけで、とても一流のプロフェッショナル人材に仕事をお願いする金額とは言えません。しかし、毎年募集をかけるとあっという間に採用が決まります》

それはなぜか? なぜ正社員雇用ではなく「週1副社長」なのか? 週1副社長たちは具体的にどのように仕事をしているのか? そのような疑問の数々が、本書を読めばスッキリと解消されます。

松井氏が「週1副社長」というアイデアにたどりつく前――つまりプロ拠点の戦略マネージャーに着任した当初は、《都会で活躍しているビジネスパーソンを移住就職(正社員)で地域企業に紹介する。その紹介の方法として、民間の有料職業紹介業者を使う》というスキームを用いていたそうです。しかし、それはうまくいきませんでした。

《当初考えられていたやり方で人材のマッチングをすると、地域企業が紹介手数料を負担することになります。当時の紹介手数料は年収の30%ほどでしたから、年収400万円の人を採用したら120万円を払う必要があるのです。鳥取県の中小企業でこの金額を払える企業はそう多くありません。そして、都市部の「できる」人材の年収は400万円では絶対に収まらないはずです。
 さらに、仕事内容と待遇のミスマッチの問題があります。確かに県内企業は専門人材がいないことで困っていますが、どの会社も正社員として常勤で働いてもらうほどの仕事も、それに見合う待遇も用意できないのです》

そうしたミスマッチを解消する画期的アイデアが、「週1副社長」だったのです。

《「移住就職によって年俸1000万円の優秀な正社員一人を獲得するのではなく、年俸1000万円の優秀な人材の力を分割で借りられたら」というアイデアでした。つまり、地方への人材誘致に副業・兼業のアイデアをかけ算したらどうだろうと閃いたのです》

このアイデア自体が、素晴らしいイノベーションだったと言えるでしょう。

大企業の俊英たちが集まる理由

週1副社長は基本的にフルリモート勤務(週1回程度オンラインミーティングを持つ形がメイン)であり、コロナ禍でリモートワーク環境が一気に整備されたことが、成功の背景にあります。
また、副業解禁に踏み切る大企業が近年増えていることも追い風になりました。

そして、月3~5万円という報酬も、じつは安いからこそ成功の鍵になっていることが、本書を読むとわかります。

《ほとんどの案件が月額3万円ですが、安すぎるように見えて、そうでないという絶妙な金額設定だと思っています。
 3万円は、仮にうまくいかなくても出す側の会社にとっては「まあ仕方ないか」と言える金額でもあります。逆に、本業を持つビジネスパーソンにとっては、気が重くならない金額と言えます。
(中略)
 月10 万円が欲しい人は副業というより本業の領域です。実際、2019年のプロジェクト開始時点では10~20万円を逆にオファーするプロに近いコンサル的な兼業の方が多く集まり、うまく稼働しなかった経緯がありました》

本書の後半は、プロジェクトの当事者5組(鳥取県内の受け入れ企業側と、週1副社長になった側)へのインタビューをベースに構成されています。
それを読むと、安い報酬にもかかわらず、ビジネスエキスパートたちがこぞって応募する理由が、よくわかります。たとえば、週1副社長の1人は次のように語ります。

《「僕自身もそうですが、副業を考えている人は報酬よりも相手企業やその地方の役に立ちたい、自分の幅を広げたいという人がほとんどだと思います。さまざまな出会いは、副業人材も、募集企業にも良い刺激になるはず。お互いに転職ほどのリスクもありませんから、気負わずに副業ができるようになるといいですね」》

報酬を得ることよりも、社会貢献や、自らのキャリアの幅を広げること、リスキリングが応募の主目的になっているのです。

また、受け入れ企業側へのインタビューからは、週1・リモートワークという限定的な形でも、経営に大いに活かされていることが伝わってきます。

たとえば、一度も作ったことがなかった中長期計画を、週1副社長と一緒に作成した事例が紹介されています。
また、次の例のように、大企業での豊富な経験に基づく週1副社長のアドバイスが、受け入れ企業にとって大変有益である場合も多いのです。

《チームの企画が上層部になかなか通らず、全員で途方に暮れていた時のこと。オンラインミーティングで木村さんと小林さんから社内での交渉方法を事細かにレクチャーしてもらうことができたのだ。(中略)二人の助言に沿って提案をし直したところ、それまで通らなかった企画が見事に通ったのだ》

二重三重に参考になる1冊

「週1副社長」プロジェクトは鳥取県独自の取り組みですが、他県にも似たような形で副業・兼業マッチングをしている例はあります。では、そうした取り組みのない県の中小企業経営者にとって、本書は「関係ない話」でしょうか?
そんなことはありません。読めば参考になる点が多いはずです。

とくに、人材不足の問題に直面しやすい地方の中小企業経営者には、一読の価値があるでしょう。都市部のビジネスエキスパートを、正社員雇用以外の形で活用するノウハウがちりばめられているからです。

副業解禁に踏み切る大企業も多い昨今ですから、週1副社長プロジェクトがない県でも、活用法はさまざま考えられるでしょう。
大企業の社員に限らず、都市部のフリーランス人材に地方企業が仕事を依頼する際にも、本書が参考になると思います。

また、地方の中小企業と都市部の大企業が連携してオープンイノベーションなどに取り組む事例も増えていますから、本書は「大企業のビジネスエキスパートとどう接したらよいか?」の手本にもなるでしょう。

さらに、本書は民間人が行政とタッグを組んでプロジェクトを推進してきた記録ですから、「官民連携」の手本でもあります。

そのように、二重三重に参考になる1冊なのです。

松井太郎著/今井出版/2023年5月刊
文/前原政之

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