『理念と経営』WEB記事

第72回/『アウトプット思考――1の情報から10の答えを導き出すプロの技術』

経営学者が自らの知的生産術を開陳

『理念と経営』にもくり返しご登場いただいている、「ボストンコンサルティンググループ(BCG)」元日本代表で経営学者の内田和成先生の新著です。

当連載では第21回でも、昨年(2022年)4月刊の『イノベーションの競争戦略』(東洋経済新報社)を取り上げました。
ここ1、2年、内田先生はコンスタントに著作を刊行されています。早稲田大学ビジネススクール教授を2022年3月で退職されたことで、集中的な執筆時間が確保しやすくなったのかもしれません。

内田先生には、『仮説思考』『右脳思考』『論点思考』(いずれも東洋経済新報社)といった、思考シリーズともいうべき代表的著作があります。愛読者も多く、当連載の第69回で取り上げた猿渡歩氏の『1位思考』(ダイヤモンド社)にも、『仮説思考』が強い影響を受けた本の1つに挙げられていました。
この『アウトプット思考』も、思考シリーズの人気を踏まえてつけられたタイトルなのでしょう。

本書は、2011年刊の『プロの知的生産術』(PHPビジネス新書)に大幅な加筆・訂正を加え、タイトルを変えたものです。
元本刊行から12年を経て、知的生産を巡る環境が当時とは激変したこともあり、元本とは別の本と言ってもよいほど、内容はブラッシュアップされています。

本の帯には、楠木建・一橋ビジネススクール特任教授が、「知的生産術の決定版。これだけでいい」という推薦の辞を寄せています。
たしかに、第一線の経営学者が自らの知的生産術を開陳した1冊として、類書の中でも本質的でユニークな内容と言えるでしょう。

最小のインプットで最大のアウトプットを

「ユニーク」というのは、従来の「知的生産術」本の多くがインプット(=情報収集と整理)を重視していたのに対し、本書は書名の通りアウトプットを重視しているからです。

長いキャリアの中で、内田先生も当初はインプットを重視していました。

《しかし、せっかく集めた情報のほとんどは、活用されることなく終わってしまう。インプットにかける労力と比べ、それを活用(アウトプット)する場面は極めて少ない。これでは割に合わないと感じるようになった。
 そこで発想を変えた。インプットを最小にして、アウトプットを最大にすることができないかと考えるようになったのだ。
 つまり、情報収集や整理になるべく時間をかけず、最大のアウトプットを出すという発想である。そして、そのための方法を模索し、実践してきた》(「はじめに」)

内田先生が長年実践してきた、アウトプット重視の知的生産術――「1の情報から10の答えを導き出すプロの技術」(副題)をまとめたのが、本書なのです。

日本における「知的生産術」本の嚆矢は、梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書/1969年刊)です。「京大式カード」に情報を書き込んで貯めることを核とした、まさにインプット重視の知的生産術の書でした。

インターネット以前の時代には情報の収集・整理自体が高い価値を生んだので、それでよかったのです。しかし、いまやあらゆる二次情報はネット検索で瞬時に手に入りますから、情報の収集・整理の価値は暴落しました。

そんな時代に、インプットにいくら労力をかけても、誰でも手に入れられる情報しか得られず、差別化につながりません。だからこそ、いまは“最小のインプットで、最大のアウトプットを得る知的生産術”が求められているのです。その意味で、本書は時宜にかなった内容と言えます。

本書はビジネスパーソン全般を対象としていますが、とくに中小企業経営者にオススメです。というのも、中小企業経営者はとかく忙しく、情報の収集・整理に時間をかけられないからです。
また、著者が経営学者であるだけに、経営者にとって有益な内容も随所にちりばめられています。

そして、インプット重視の姿勢が時代遅れになっているもう1つの理由として、世の中の不確実性の高まりが挙げられています。
《最新の情報をどんなに集め、分類したところで、予想もつかないような「まさか!」という出来事が頻発する》――そんな時代には、インプット重視のアプローチはそぐわないというのです。

経営者にこそ必要な「アウトプット思考」

最小限のインプットで最大限のアウトプットを得るためには、自分に与えられた役割に自覚的でなければいけない、と内田先生は言います。

《自分のスタンスを明確にし、そこに引っかかったものだけをピックアップする。例えば自分の目的が「意思決定」ならば、その目的を意識したうえで、必要最低限の情報だけを集める。「説得」ならば、相手が必要な情報は何で、自分には何が求められているのかを明確にしたうえで情報を収集する》

《つまり、アウトプットとは「仕事の目的」であり、さらに言えば「あなたの本当の仕事は何か」ということにもなるだろう。
 経営企画室の人ならば、自分たちの立てた戦略を経営トップに進言し、採用してもらうことがアウトプットかもしれない。人事担当者なら、社員満足度を上げて離職率を下げることや、優秀な人材を採用することがアウトプットだろうか》

与えられた役割に沿った「仕事の目的」達成こそ真のアウトプットであり、インプットはそれに貢献しなければ意味がない、というのです。やみくもに情報を集めようとするのではなく、目的としてのアウトプットを明確に意識して、その手段となるインプットに絞るべきだ、と……。

経営者に与えられた最大の役割は意思決定ですから、その「目的」を意識したインプットが求められます。
会社にとって重要な意思決定であればあるほど、時間をかけて多くの情報を集めたくなるのが人情です。その気持ちをうまく抑え、“少ない情報で意思決定をする訓練”を積むことが、経営者にとって大切だと内田先生は言います。

《以前、日本経済新聞の連載「私の履歴書」で、帝人の元社長である安居祥策氏が、「経営者は、情報量が3割しかない段階で決断しなければならない。5割になるのを待っていたら遅い」ということを書いていらした。(中略)
 優れたリーダーの資質の一つはまさにこれだと思う。言い方を変えれば、他の人が100の情報が集まらないと決められないのに対して、30の情報で同じ質の意思決定ができる人間が、優れたリーダーだということだ。(中略)                
 この能力は鍛えることができる。その方法とは、日々のあらゆる場面において、意識的に「短い時間で決める」経験を積むことだ》

経営者にこそ「アウトプット思考」が必要なのです。

“経営者にとっての思考法”を教えてくれる

本書には、最小限のインプットで最大限のアウトプットを得るノウハウが、さまざま紹介されています。たとえば、「仮説思考」の活用や、異常値に注目するアプローチです。

インプットのために資料を読み込むときにも、最初に何らかの仮説を立て、その仮説を検証するつもりで読むこと。それが仮説思考のアプローチです。

《「在庫管理に問題があるのではないか」という仮説を立てたら、膨大な情報の中から在庫数の推移や欠品率、出荷までのリードタイムの情報などを中心的に読み込んでいく。こうすることで、ただ漠然と資料を読むよりも情報が効率的に頭に入ってくる》

もう1つの「異常値に注目するアプローチ」とは、企業コンサルティングの例で言えば、《同業他社に比べてある部門の人数が極端に少ないとか、ある経費が飛び抜けて多いなどといったこと》に注目し、そこを深掘りしてみることです。

異常値の中にこそ、企業が抱える問題が集約されているケースが多いので、そうしたアプローチが有効なのです。
それは企業経営にも応用できるでしょう。たとえば、業績不振の原因を探る際には、売上などにおける異常値に注目してみるのです。

経営に仮説思考を活かす方法を紹介したくだりを、もう1つ紹介します。

《ある程度のポジションの人ならば、情報収集を部下に任せることも増えるだろう。その際にも必ず仮説が必要だ。
 これはM&Aの際によくある話だが、失敗する経営者の多くは、「買収すべきかどうか決められないから、もっと情報を集めてほしい」といったあいまいな指示を出す。だが、こうしたスタンスで集められた情報は雑多なものとなり、むしろ迷いが深くなる。
 優れた経営者は、「自分としては買いたい。しかし、この点とこの点に疑問が残るので、そこを判断できるような情報を探してほしい」などと、より具体的に指示を出す》

このように、本書は“経営者にとっての思考法”を教えてくれる1冊でもあるのです。

内田和成著/PHP研究所/2023年6月刊
文/前原政之

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