『理念と経営』WEB記事

第70回/『30の名著とたどるリーダー論の3000年史』

求められるリーダー像を歴史的変遷から探る

先月(2023年8月)文庫化されたばかりの新刊(※)で、タイトルのとおり、古今東西の名著からリーダー論のエッセンスを抽出したビジネス書です。

※元本は2017年刊の『3000年の英知に学ぶリーダーの教科書』(PHP研究所)

古代ギリシア・ローマ・中国の古典から、21世紀の経営書・ビジネス書まで、幅広く取り上げられています。その中でいちばんの古典は、紀元前8世紀ごろにギリシアで成立したホメロスの叙事詩『イリアス』です。

ビジネス書/経営書の世界でリーダー論は定番のジャンルですし、名著のエッセンスを抽出した教養書もたくさんあります。
その意味では本書も「よくある本」の一つに思えるかもしれませんが、類書にはない独創性があります。

独創性の1つ目は、3000年近い歴史を視野に入れ、“リーダー論の歴史的変遷”を浮き彫りにした点にあります。

求められるリーダー像は、時代によって大きく変わるものです。
たとえば、王侯貴族などの特権階級だけがリーダーになれた封建社会と、誰もがリーダーになれる民主社会では、リーダー像が根本的に異なります。

また、産業革命以前と以後でも、求められるリーダーは変わりました。革命後は、大量生産に従事するたくさんの労働者の管理が、リーダーの大きな役割になったからです。

現代日本に限っても、昭和といまでは求められるリーダー像が違うでしょう。
昭和期には、「俺についてこい!」と強引にメンバーを引っ張るワンマンなカリスマ型リーダーがもてはやされました。しかしいまや、リーダーがメンバーに奉仕する「サーバント・リーダーシップ」の時代であり、強権型ならぬ共感型のリーダーが求められるのです。

そのような歴史的変遷を、著者は名著紹介を通じて辿っていきます。
古今のリーダー論をただ羅列するのではなく、全編を貫く太い縦軸があるのです。

リーダーシップの本質を見つめ直す意義

リーダー像の歴史的変遷を辿ることによって、“時代が変わっても変わらない、リーダーの普遍的要件”が浮かび上がります。
それは「不易流行」の「不易」に当たる本質部分であり、リーダー論の最重要エッセンスです。
古代のリーダー論がいまなお読むに足るのは、そのような“時代を超えたリーダーの本質”が書かれているからなのです。

なぜいま、リーダー論の歴史的変遷を辿り、時代を超えた本質を抽出する必要があったのでしょう? 著者はその意図を、「はじめに」で次のように綴っています。

《なぜ、古今東西の多くの書籍を紐解く必要があるのか。理由は、現代のリーダーが直面している問題が、急速に多面的になっているからです。
 平和で順調な時代には、型通りのリーダーの役割を果たせば問題ありませんでした。しかし困難な時代には、リーダーに複数の課題や難題が持ち込まれます。乗り越えるべき山の形が変わり、問題も違った風景になるのです。
(中略)
企業にとって、まったく新しいリーダーシップが必要な時代がやってくるかもしれません。日本のリーダーはこのような難しい時代に直面しながら、成果を強く期待されているのです。舵取りが難しく、混沌としたこの時代には、リーダーシップの既成概念をいったん取り払い、より本質を見つめる必要があります》

混沌として先の見えない「VUCA(ブーカ)」の時代――「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」がそれぞれ高まる時代――であるいまは、企業の舵取りも難しい。だからこそ、リーダー論の本質を見つめ直すべきだと、著者は考えたわけです。

名著のセレクトにもセンスが光る

タイトルの通り30の名著を取り上げていますが、そのセレクトにも著者独自のセンスが光っています。というのも、意表をつく選書が少なからずあるからです。

『孫子』(孫武)や『君主論』(マキャベリ)などの定番も取り上げられていますが、『人を動かす』(デール・カーネギー)のような超・定番で抜けているものも少なくありません。その代わりに、「えっ? これをリーダー論の名著に入れるの?」と思わせるものが散見されるのです。

たとえば、『人生の短さについて』(セネカ)や『自助論』(サミュエル・スマイルズ)、『習慣の力』(チャールズ・デュヒッグ)といった本は、一般的にはリーダー論の著作として受け止められていないでしょう。
そうした本をあえて取り上げ、リーダー論としての側面に光を当てて紹介しているのです。

時間という最大の資産の有意義な用い方を説く『人生の短さについて』は、“リーダーたる者は自分の時間をどう使うべきか”というリーダー論として読み解かれています。
また、《名を成した人たちがいかに努力と勤勉を続け、彼らの成功を生み出したのか》を紹介した『自助論』を通じて、リーダーにとって努力と忍耐、自己規律がどれほど大切かが論じられるのです。

そのように、リーダー論の枠から外れる名著をあえて取り上げ、リーダー論としての側面を抽出することで、類書にはない独創性(これが2点目)が生まれています。

経営者のためのリーダー論のエッセンス

著者の鈴木博毅氏はビジネス戦略コンサルタントです。したがって本書も、何よりもまずビジネス・リーダー、経営者向けの内容になっています。
古典を取り上げる際にも、その内容を経営者がどう活かしていくべきかに焦点が当てられるのです。

たとえば、2世紀ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウスの『自省録』を取り上げた章にも、企業経営に即したくだりがあります。

《『自省録』は、あなたを褒めた人も、あなたを非難し、けなした人も、やがては時間とともに消え去る儚いものだと語ります。その上で、死後の名誉・名声など当てにならないものにすがるのも止めるべきだと勧めます。
(中略)
昨今、頻発する企業不祥事も、目先の利益を追いかけたり周囲からどう思われるかだけを気にしたりすることで発生しているのではないでしょうか。顧客との信頼関係を第一と考えるなら、社内で発覚した時点で、最大限適切な対処ができたはずなのです》

また、7~8章では現代の経営書、名経営者のマネジメント書が取り上げられており、中小企業経営者にとってはストレートに学びとなります。

たとえば、7章ではピーター・ドラッカーの『チェンジリーダーの条件』や、『ビジョナリーカンパニー』(ジム・コリンズ&ジェリー・ポラス)などが……。
8章では、ユニクロの柳井正氏が「これが私の最高の教科書だ」と絶賛した『プロッフェショナルマネージャー』(ハロルド・ジェニーン)や、IBMを経営危機から見事復活させたルイス・ガースナーの『巨象も踊る』などが取り上げられています。

いずれもよく知られた名著ですが、各書籍からリーダー論に当たる部分を抽出し、著者が解説を加えている点に、本書ならではの価値があります。

つまりこれは、“経営者のためのリーダー論のエッセンス”を、長い歴史の中から凝縮して紹介した本なのです。

中小企業経営者は、何度も読み込んで心の糧としていくべき1冊でしょう。
そして、とくに印象に残った本については、原典の読破にも挑戦していきましょう。そのための“学びの入り口”となる本でもあります。

鈴木博毅著/日経ビジネス人文庫/2023年8月刊
文/前原政之

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