『理念と経営』WEB記事

第69回/『1位思考──後発でも圧倒的速さで成長できるシンプルな習慣』

注目の若手経営者の、初の著書

今回取り上げる『1位思考』は、アンカー・ジャパン株式会社の代表取締役CEOである猿渡歩(えんど・あゆむ)氏の、初の著書です。

アンカー・ジャパンは、世界No.1モバイル充電ブランド「Anker」を中心に、欧米など世界100ヶ国以上で展開する中国発のハードウェアメーカー「Ankerグループ」の日本法人です。

CEОである猿渡歩氏はまだ30代半ばの若さながら、2013年の初年度に9億円だった売上を、8年後の2021年には300億円にまで伸ばした、次代を担うであろう辣腕経営者です。

『1位思考』というタイトルは、アンカー・ジャパンがモバイルバッテリーや充電器などで国内オンラインシェア1位を獲得したことを踏まえています。

バッテリーや充電器といったコモディティ製品の分野に後発として参入し、短期間でシェア1位にまで成長した秘密を読み解くキーワードが、「1位思考」なのです。

本書には、猿渡氏が身につけ、実践してきた「1位思考」の中身が開陳されています。
アンカー・ジャパンの歩みを綴った経営書であると同時に、読者に「1位思考」の実践法を説く「仕事術」本でもあるのです。

著者は本書の仕事術について、《ビジネスパーソンから経営者、それに限らずスポーツや趣味など幅広い分野で活用できる》としていますが、当連載で取り上げる以上、経営に役立つ本としての側面に注目します。

「全体最適」を重視して強い組織を作る

本書は、強い組織を作るための組織論・リーダー論として読むことができる1冊です。第1章が《全体最適の習慣》と銘打たれ、チームの力を最大限に発揮する方法論に割かれている点は、そのことを象徴しています。
猿渡氏の経営姿勢を特徴づけるのは、「全体最適」の重視だと言えるでしょう。

華やかな活躍をする若手経営者の著作というと、自身のカリスマ性を印象づけるような「俺が俺が」の自分語りが多めになりがちです。しかし、猿渡氏にはまったくそうしたところがなく、チーム力の大切さをくり返し強調しています。

《会社の業績は個人の力の集積だ。
 全社員が同じ目標に向かって進んだとき業績は最大になり、個人も大きく成長する。
 仕事で私が一番大切にしているのは、「全体最適の習慣」だ。
 個人よりもチーム、チームよりも会社全体を考えようと日頃からメンバーに伝えている》

《スタートアップに限らず、部署・部門をまたぐ仕事は無数にある。
 そんなとき、「それは私の仕事じゃない」と考えるより、「全体を考え、協力しながらやろう」という意識があると、会社だけでなく個人の成長スピードは格段に速くなる。
 反対に、自分のことしか考えていないと、改善スピードは劇的に遅くなる》

《全体最適の習慣が身につくと、経営者の視座・視野・視点が手に入り、成長が加速する。一見遠回りに見えるが、全体最適の習慣を身につけることが、個人の成長でも1位になるための最善手だ》

短期間でアンカー・ジャパンをシェアNo.1の組織に鍛え上げたリーダーの言葉だけに、重い説得力があります。また、猿渡氏の組織論・リーダー論は、奇をてらったところがまったくない、意外なほど正統的なものです。

将棋から経営を学ぶこともできる

猿渡氏は影響を受けた書物として、『論語』、当連載の第20回でも取り上げたアンジェラ・ダックワースの『GRIT――やり抜く力』、『理念と経営』にも折々にご登場いただいている内田和成氏の『仮説思考』、将棋棋士・羽生善治氏の『大局観』などを挙げています。

それらの書物から学び取ったエッセンスが、本書の随所に紹介されているのです。

猿渡氏は《高校時代は、団体戦で関東3連覇、個人戦では東京都ベスト4だった》ほど将棋にのめり込んでいたそうで、そのことが自らの経営姿勢にも強く影響しているといいます。

《将棋は経営に通じる点が多い。事前研究、戦略、読み、形勢判断、限られた時間における決断の連続など、経営に必要な要素が詰まっている》

《私は将棋を通じて仮説思考を身につけることができた。
 将棋には、ルール上は一局面に100手ほどの選択肢があるが、持ち時間が限られているのですべて検証することはできない。多くの選択肢から、数秒間で数種類の候補手(=仮説)を出し、それについてどれがベストかを検証する。
 仮説を出すことで思考時間を圧倒的に短縮できるのだ》

氏が羽生善治氏の著作に強い影響を受けているのは、そうしたバックグラウンドゆえでもあるのです。

将棋と経営を結びつける視座は興味深く、その点が本書の独創性の一つになっています。

「1位思考」とは、成長し続け、やり抜く思考

《本書では、誰でも1位になれる、シンプルな6つの習慣を紹介したい》と、「はじめに」にあります。その「6つの習慣」の中身を、1章ごとに詳しく解説していく構成なのです。

そして、「6つの習慣」の1つに「1%にこだわる習慣」が挙げられています。

《毎日、前日より1%ずつ成長できるとしたら、1年後には 37・8倍も差をつけられる》から、経営者と社員がその1%にこだわり抜いて仕事をしていくことが、何より大切なのだと、著者は言うのです。
そして、「1%にこだわり抜いて仕事をしていく」執念を持つためにも、「GRIT――やり抜く力」が大切なのです。

《やり抜くことは才能ではない。意志さえあれば誰でもできる。
あきらめないことが、私のような凡人が天才に対抗する一番の手段だ》

そのような「やり抜くこと」への強いこだわりとともに、もう一つ印象的なのは、「成長し続けること」へのこだわりです。

《私は常に成長していたい。
 人生は1回しかないからこそ、悔いのないように成長し続けたい。
 すばらしい経営者は星の数ほどいるので、現状に満足できない。でも、自分よりすごいと思える人がいるのはとても幸せなことだ。現状に甘んじることなく、さらに上を目指すことができる》

タイトルになっている「1位思考」とは、言い換えれば、成長し続けることとやり抜くことに徹底的にこだわる思考のことなのです。

以上のことからわかるとおり、猿渡氏は王道の経営哲学を、愚直に貫くことで大きな成功を得た人と言えるでしょう。

ただし、古臭い根性論・精神論ではなく、軽やかな合理性に基づいた経営哲学なのですが、昭和生まれの経営者が読んでも共感できる点が多々あるはずです。

中小企業経営者にとっても、組織運営や仕事術の面で、猿渡氏から学ぶべきことは多いでしょう。何より、これは「あと一歩頑張ろう」と読者の心を鼓舞する力が強い本なのです。

猿渡歩著/ダイヤモンド社/2022年11月刊
文/前原政之

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