『理念と経営』WEB記事

生きることは、愛すること 愛することは、許すこと

元・瀬戸内寂聴秘書 瀬尾まなほ 氏

2021年11月9日。作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんが99歳で逝去され、今年は三回忌を迎える。寂聴さんの自分らしく生きる姿に励まされ、背中を押されたという方は多いだろう。11年間、秘書を務めてきた瀬尾まなほさんに「瀬戸内寂聴の生き方」を聞いた。

「私なんか」と自分を否定せずに、「私こそは」と思って生きなさい

瀬戸内が亡くなって、もう2年が経とうとしています。亡くなった直後は慌ただしくバタバタしていて、自分の中で瀬戸内の死と向き合うことができませんでした。無意識に逃げていたのかもしれません。

亡くなったことは体感的にはわかっているのですが、まだ自分の気持ちだけが宙に浮いているような感じです。いまも喪失感が大きく、 “先生にもう会えないのか”と思うと、ときどき涙が出てきたりします。

瀬戸内と出会ったのは2011年2月でした。瀬戸内の馴染みだった祇園のお茶屋でアルバイトをしていた友人から、瀬戸内が新しいスタッフを探しているという話を聞いたのです。「有名な尼さん」ということしか知らず、作品すら読んでいませんでした。それがかえってよかったようで、面接に行くと採用してもらえました。

瀬戸内は天真爛漫で本当に少女のようでした。いつもニコニコと笑顔を絶やさず、優しいし、気遣いもありとても魅力的な人です。私も、すぐに惹き付けられました。

私は、秘書として瀬戸内が嫌がることはしないと、自分に課しました。そのうえで瀬戸内が気持ちよくスムーズに仕事ができるように物事を運ぶことを心がけていきました。

とはいえ、就職活動に失敗して自信を失っていた時期でもあります。よく「私なんか……」という言葉を口に出していました。

ある日、急に瀬戸内の目つきが変わり、ものすごく叱られたのです。「私なんか、というような子はここにはいらない。私という人間はこの世に一人しかいないのよ。たった一人の自分に対して『私なんか』なんていうのは失礼よ」と。

「『私なんか』と自分を否定せずに、『私こそは』と思って生きなさい」

この言葉は強く心に焼きつきました。瀬戸内は私を認め、よく褒めてくれました。それも人前で。「この子、すごく役に立つのよ」「かわいいでしょう」……。そのことで私はどんどん自信を取り戻していきました。

瀬戸内の元にきて、私は居場所を見つけ、自分を確立することができたのです。



寂庵に置かれた「寂の石」。「寂」の字は書道家・榊莫山氏が書いたものだ

想像力こそが思いやりであり、思いやりは愛である

瀬戸内は「恋多き女」として有名です。恋だけではなく、本当に愛にあふれた人生だったと思います。

基本的に人に対してすごく愛情があるのです。どんな方に対しても、いつも愛を持って接していたし、人を拒むということはありませんでした。なんでここまで人に良くするんだろう。もういいんじゃないの? と、つい思ってしまう。そういうことが何度もあるくらいでした。

出家したことも大きいと思います。瀬戸内は「僧侶としての行いはすべて義務」と言い、「小説は快楽だ」と言っていました。

「義務は楽しくないよね」なんて言いながら、人の話に耳を傾け、人に寄り添っていました。そんな姿を見ていると、私など義務という一言でそこまでできるかなと思ってしまいます。やはり、本質的に愛情が深かったのだと思うのです。

瀬戸内は、「生きることは、愛すること」と、よく話していました。「人は誰かを愛するために生まれてきていると思う」とも。そして、

「愛することは、許すこと」

と言うのです。

寂庵の月1回の法話には、本当に多くの人がいらっしゃいました。

法話というと難しい感じがしますが、いつも瀬戸内は仏教の話を小説のようにわかりやすく砕いて話していました。その話の後、質疑応答をするのですが、どなたも自分のプライベートな問題を参加者の前で明かすのです。瀬戸内なら何を言っても許してもらえる、受け入れてくれる、と思われるのかもしれません。

「想像力こそが思いやりであり、思いやりは愛である」と言う瀬戸内は、お一人お一人の話を笑顔で聞き、その方の肩を抱き、必ず何か一つ褒めていました。すると、みなさん表情がぱっと明るくなって、元気に帰って行かれるのです。



せお・まなほ 元・瀬戸内寂聴秘書。1988年生まれ、兵庫県出身。京都外国語大学卒業と同時に寂庵に就職。2013年3月より、66歳年の離れた瀬戸内寂聴を秘書として11年間支える。困難を抱えた若い女性や少女たちを支援する「若草プロジェクト」理事も務める。

取材・文 鳥飼新市
撮影 宇都宮寿輝
写真提供 朝日新聞出版


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年 9月号「瀬戸内寂聴の生き方」から抜粋したものです。

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