『理念と経営』WEB記事

第68回/『SECOND BRAIN(セカンドブレイン) ――時間に追われない「知的生産術」』

「考える」という経営者の役割を果たすために

「経営者の役割は、『決断すること』と『考えること』の2つだ」という言葉があります。

もちろん、他にも経営者の仕事はさまざまあるわけですが、最も大切な役割を突きつめたなら、その2つに集約されるということでしょう。
そして、正しい決断を下すには熟考が不可欠ですから、「考えること」は経営者のいちばん大切な仕事と言えるかもしれません。

しかし実際には、日々のさまざまな仕事やつきあいに追われて、「一人でじっくり考える時間」が確保できていない経営者も多いのではないでしょうか。
それは中小企業であれ、大企業であれ、経営者共通の悩みと言えそうです。

競争戦略論の大御所マイケル・ポーター(ハーバード・ビジネス・スクール教授)が、米大企業のCEO(最高経営責任者)27人/6万時間分の時間の使い方を詳細に調査したことがあります。

その調査でも、「自分だけの時間を確保すること」の難しさが浮き掘りになりました。
秘書たちは、《ともすれば、間隔を空けずに次々と約束を入れ、突発的な話し合いや誰にもじゃまされない詳察の時間を削ってしまう》(マイケル・ポーター、ニティン・ノーリア著『CEOの時間管理』ダイヤモンド社)というのです。

シリコンバレーの先端的スタートアップのCEOの中には、そうした事態を避けるため、1日のうちに何も予定を入れない「空白の時間」を確保している人がいる……と聞いたことがあります。

今回取り上げる『SECOND BRAIN(セカンドブレイン)』は、「考える」という経営者の役割を果たす時間を確保するために役立つ本です。
といっても、時間管理術がテーマの本ではないのですが、《時間に追われない「知的生産術」》という副題のとおり、考える時間の確保に結びつくでしょう。

最新式の「パーソナル・ナレッジ・マネジメント」

「パーソナル・ナレッジ・マネジメント」(Personal Knowledge Management)、略してPKMという言葉があります。「個人の知識管理」のことで、元々は組織内の知識管理を指した「ナレッジ・マネジメント」の概念を、個人向けにシフトしたものです。

私たちがメディアやSNS等を介して日々接する情報量は、昔に比べ膨大になりました。どれくらい増えたかといえば……。

《『ニューヨーク・タイムズ』紙によると、一般の人が1日に消費する情報量はなんと 34 ギガバイト。
 同紙に掲載された別の研究では、わたしたちは毎日、新聞にすると174ページ分もの情報を消費しており、これは1986年の5倍に相当します》

メディアから浴びる情報に加え、各種デジタルデバイスを介してインプットされる個人的情報も膨大になっています。
そのため、かつては組織にしか必要なかったナレッジ・マネジメントが、個人にも必要になってきたのです。

「SECOND BRAIN(セカンドブレイン)」――「第2の脳」とは、そのPKMの分野でよく使われる言葉です。
私たちが日々行っている膨大なインプットを、アプリ等で1つに集約し、それを「第2の脳」として活用することを指します。

本書の「はじめに」に、《究極まで効率的なデジタル・メモ術「セカンドブレイン」》という見出しがあるように、要は「デジタル・メモを活用した知的生産術」の本なのです。

私たちがさまざまなメモを活用するのは、自分で覚えておかなくてもよいことを、脳の外・意識の外に追い出すためです。そうすることで、脳は真に大切なことを考えるために力を集中できます。

MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボの創設者ニコラス・ネグロポンテの有名な言葉に、「『知る』ことは、時代遅れになりつつある」(Knowing is becoming obsolete.)というものがあります。
検索すればあらゆる知識が得られるいまの時代には、単に「知っている」だけではほとんど価値がありません。知識を素材として「考える」ことに価値があるのです。
だからこそ、検索ですぐに得られる知識は、覚えずに脳の外に貯めておき、考えることにこそ脳を使うべきなのです。

シリコンバレーのCEOが、「考える時間」確保のために予定の空白をあえて設けるように、脳から余計な情報を追い出すことで、大切なことを考える余地を常時キープしておくことが望ましいわけです。

そのようなメモの効用は、昔からよく知られていましたし、「メモの技術」を説く類書はすでに汗牛充棟です。
したがって、本書のテーマ自体は独創的とは言えません。ただし、パーソナル・ナレッジ・マネジメントの技法を初歩から応用編まで懇切丁寧に解説した本として、非常によくまとまっています。また、紹介されているアプリ等も、執筆時の最先端のものです。

本書は経営者のみをターゲットにしたものではなく、幅広いビジネスパーソンに役立ちます。また、学生の勉強や社会人の独学にも、さらには家事管理などにも役立つでしょう。
そのように対象を選ばない内容ではありますが、とくに経営者に一読をすすめたいと思います。なぜなら、冒頭に書いたとおり、じっくり考えることこそ、経営者にとって何より大切な役割であるからです。

それに、著者のティアゴ・フォーテ氏は著名な「生産性コーチ」です。氏は70ヶ国以上にクライアントを持ち、その中にはトヨタ自動車、ジェネンテック、米州開発銀行などもあります。
つまり、大企業などの生産性向上に寄与してきた人なのであり、本書も経営者や企業の生産性アップに結びつくでしょう。

自分だけの「デジタル備忘録」を経営に活用

個人のさまざまなメモや資料などを1つに集約して管理することは、昔は大変な難事でした。しかしいまや、デジタルツールの進化によって、その気になれば簡単にできるようになりました。
本書は、デジタル時代の“パーソナル知識貯蔵庫”構築のノウハウをまとめたものと言えます。

《メモや資料はいったんデジタル化すれば、検索・体系化が可能になり、すべてのデバイス間で同期でき、クラウドにバックアップを保存できます。紙に走り書きして、「あとで探して整理すればいいか」と思うのではなく、どこを探せばいいかはいつでも明白なように、自分専用の〝知識の貯蔵庫〟を育てていきましょう。
(中略)
 このデジタル備忘録こそ「セカンドブレイン」です。勉強用のノート、日記、アイデアを記したスケッチブックを1つにしたものと考えてください》

本書には、「デジタル備忘録」の構築法と、その中から必要な情報を瞬時に取り出す方法、そしてその情報を仕事に活用していくノウハウが、詳しく解説されています。

《社会で通用するいままさに必要なメモとは、「知識の構成要素(ビルディング・ブロック)」──自分自身の視点を通して集められ、頭の外に保存された、情報の単位──です。
 ブロックをレゴのように組み合わせると、レポートに形を変えたり、議論のネタになったり、新しい提案が生まれたり、イノベーションが起こったりするなど、より大きな成果物に発展させることができます》

そのためのメソッド(方法論)として、著者は情報を「PARA」の4つのフォルダに分類して管理していくことを推奨しています。

「PARA」とは、「P(プロジェクト)――今、具体的な期限があって取り組んでいること」、「A(エリア)――時間をかけて取り組みたい興味のあること」、「R(リソース)――状況に応じて将来的に実行するかもしれないこと」、「A(アーカイブ)――すでに終わった件、アクティブではない保留事案」の4つです。

また、情報の収集から、それを成果物にしていくまでのプロセスは、「CODE」の4ステップに分けて説明されています。

「CODE」とは、「収集(キャプチャー)――心に響くものをキープ」、「整理(オーガナイズ)――行動のための仕分け」「抽出(ディスティル)――本質の発見」、「表現(エクスプレス)――成果をアウトプット」の4ステップです。

「PARA」と「CODE」の内容は本文でわかりやすく解説されていますから、誰もがそれに沿ってセカンドブレインを構築し、活用できるでしょう。必要なのは持続するためのやる気だけです。

中小企業経営者の中には、日々の仕事に追われ、じっくり考える時間が取れないという悩みを抱えている人が多いでしょう。
本書を参考に自らのセカンドブレイン――「デジタル備忘録」を作り、活用していけば、そのための時間がおのずと生まれていくはずです。

そしてそれは、さまざまな面で日々の経営に生かされていくことでしょう。本書を読んで、ぜひトライしてみてください。

ティアゴ・フォーテ著、春川由香訳/東洋経済新報社/2023年3月刊
文/前原政之

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