『理念と経営』WEB記事

第67回/『宇宙ベンチャーの時代――経営の視点で読む宇宙開発』

「民間宇宙ベンチャー元年」だった2021年

『理念と経営』2023年9月号(8月21日発売)の「スタートアップ物語」では、株式会社OUTSENSE(アウトセンス)を取り上げています。
同社は、「折り工学」を活用した独自技術で、月に家を建てることを目指す「宇宙ベンチャー」(=宇宙関連のスタートアップ)です。

このOUTSENSEのような宇宙ベンチャーが、日本でも目に見えて増えています。今回取り上げる『宇宙ベンチャーの時代』は、その背景事情がよくわかる本です。

宇宙開発といえば、かつては米国のNASA(米航空宇宙局)や日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)のような公的機関が主導するものでした。経営基盤が脆弱なスタートアップが入り込む余地は、ほとんどなかったのです。

ところが、いまや米国でも日本でも、多くのスタートアップが宇宙ビジネスにしのぎを削っており、その動向がマスメディアでも盛んに報じられています。

《従来は政府が主導していた宇宙開発の分野は、今、民間企業がイニシアティブをとった「ビジネス」として急速に生まれ変わりつつあります。そして、「宇宙ベンチャー」と呼べる民間ベンチャー企業が、この流れをどんどん加速していっています》
……と、本書の「はじめに」にある通りです。

本書は、2021年を「民間宇宙ベンチャー元年」と位置づけています。
この年、ヴァージン・グループの創業者リチャード・ブランソンや、Amazonの創業者ジェフ・ベゾスが民間宇宙旅行を果たし、イーロン・マスク率いるスペースX社の宇宙船が民間人だけを乗せて地球周回軌道を回りました。

同年12月には日本でも、スタートトゥデイ(現ZOZO)の創業者・前澤友作氏が国際宇宙ステーション(ISS)に12日間滞在し、大きな話題をまいたのは記憶に新しいところです。

一方、同年に海外では二桁に上る宇宙ベンチャーがナスダックやニューヨーク証券取引所などに上場。株式市場においても「民間宇宙ベンチャー元年」となりました。

なぜ、そのように民間宇宙ベンチャーが主役に躍り出たのか? 多くの人が抱いているはずのその疑問に、明快に答えてくれるのが本書なのです。

「ニュー・スペース」を招来した「3つの導線」

かつての宇宙開発が政府主導であったのは、そもそもの淵源が冷戦期の米ソの宇宙開発競争にあったからです。ソ連が崩壊して冷戦が終結してからも、その名残が長く続いていたのでした。

それが民間宇宙ベンチャー主導へと転換しつつあるいまの潮流を、「ニュー・スペース」と呼びます。
一方、《政府主導時代に官製需要を取り込んで大きくなった伝統的な巨大企業》の宇宙ビジネスを、「レガシー・スペース」もしくは「オールド・スペース」と呼んで区別するようになりました。

では、ニュー・スペースの潮流を生んだ要因とは何か? 本書はそれを「3つの導線」に分けて説明しています。

第1に、宇宙を舞台とした巨額の賞金レース(「民間企業による月一番乗り」を競わせるなど)の流行。
第2に、リチャード・ブランソンやジェフ・ベゾスなどのビリオネア(億万長者)たちが、経営者兼投資家として宇宙ビジネスに続々と参入してきたこと。
第3に、NASAによる宇宙ベンチャー育成プログラム「COTS」(コッツ)の誕生……以上の3つです。

「COTS」とは「Commercial Orbital Transportation Services」(商業軌道輸送サービス)の略で、民間企業による国際宇宙ステーションへの人と貨物の輸送サービスを指します。

あの「スペースシャトル」が2011年で廃止されたあと、米国は自国で宇宙飛行士を国際宇宙ステーションまで輸送する手段を持っておらず、その間、ロシアに大きく後れを取ることになりました。
そこで、スペースシャトルに代わる輸送手段確保のため、NASAは民間企業の全面活用にシフトします。
つまり、米国は国を挙げて宇宙ベンチャー育成に舵を切ったのです。そのことが、他の2つの「導線」にも増して、ニュー・スペース招来の決定的要因となりました。そして、日本にもその波が押し寄せてきたのです。

技術的側面も経営的側面もわかる

本書は、ベンチャー・キャピタリストの小松伸多佳氏と、JAXAのエンジニアである後藤大亮氏の共著です。
一見畑違いの組み合わせに思えますが、両氏は《ともに文系理系の両分野に興味を持ち続け、JAXAにおいて共に活動》してきた盟友でもあります。
《文理二刀流の両者が、互いの知見を共有しながら宇宙開発について語り合った》ことが、本書の土台になっているのです。

だからこそ、本書は技術的側面・経営的側面のどちらか一方に偏っていません。2つの側面をバランスよく兼備した内容になっているのです。
ゆえに、技術に詳しい人には経営学的観点からの解説が新鮮でしょうし、経営に詳しい人には技術的側面からの解説が新鮮でしょう。

そして、どちらにも詳しくない人にとっては、宇宙ビジネスの技術的側面と経営的側面の両方がわかる、格好の入門書になるでしょう。

日本の民間宇宙ビジネスの未来は?

ニュー・スペースのトップランナーは米国ですが、本書は両著者がJAXA関係者であるだけに、日本の民間宇宙ビジネスの現状と展望に大きく紙数を割いています。

《日本の宇宙ベンチャーの社数は、数年前までは 20 社程度で数えられるくらいでしたが、ここ数年で急拡大して、現在では100社を超えたとも言われます》

そうした活況の背景には、日本の優れた技術力があります。

《我が国の宇宙開発技術は、世界からリスペクトされています。しかも、我が国は、宇宙産業が立地する上で競争優位となる条件を多数備えています。
技術的な蓄積が十分であることに加えて、我が国は、ロケットの打ち上げにとって大変有利な立地です。地球の自転を利用できる東から、極軌道への打ち上げができる南にかけて広く海が開けており、落下リスクを考慮しても安全にロケットを打ち上げられるためです。
(中略)
我が国は、世界的な競争力を持つ産業を複数抱えていますが、右記のような条件を考慮すれば、民間宇宙産業もまた世界に伍していける次世代の基幹産業としてぜひとも育成すべき候補であることが分かります》

日本の国力低下がしばしば取り沙汰される昨今ですが、その中にあって宇宙ビジネスは、未来に希望が持てる数少ない分野の1つなのです。本書にはその未来が、熱い期待を込めて展望されています。

イーロン・マスクに経営者の覚悟を学ぶ

読者の中小企業経営者の中には、「宇宙開発なんて、うちとは何の関係もない別世界の話だ」と思う向きもあるかもしれません。

しかし、本書には経営学的観点からの分析もちりばめられ、宇宙ビジネスと無関係の経営者にとっても学びの多い内容となっています。

中でも、すべての経営者に読んでほしいのは、第6章《スペースXが「宇宙ベンチャーの雄」となりえた理由》です。
2002年に創業された、米国を代表する宇宙ベンチャー「スペースX」の軌跡が詳述されています。

「民間宇宙ビジネスの時代」を切り拓いた最大の立役者が、イーロン・マスクと彼が率いるスペースXなのです。

イーロン・マスクといえば、買収したツイッター(現「X」)を巡る強引な経営ぶりなど、スタンドプレーが目立つため、毛嫌いしている人も多いでしょう。
しかし、やはりすごい経営者であることが、この6章を読むとよくわかります。

《マスク氏は、スペースX社創業当時から繰り返し火星移住を訴えてきましたが、当初は鼻で笑われるような状況でした。しかし、段階を踏んで少しずつリスクを減らしながらアプローチしたことで、火星移住という不可能に思えた夢に肉薄した感があります。
(中略)
 各段階の戦略は有機的にかみ合っていて、スペースX社は、新たに市場を創造しながら、少しずつリスクの壁を乗り越えてきたわけです》

《経営者にとっての一番重要な仕事は、「リスクの選択」です。特にベンチャー企業の場合、より顕著です。スペースX社のこれまでのビジネスの経緯からは、天才経営者マスク氏が、いかに巧妙にリスクを選択してきたかが垣間見えます》

道なき道を切り拓くチャレンジスピリットと、壮大なビジョン、目標に着実に近づいていく緻密な戦略……イーロン・マスクが宇宙ビジネスに挑戦してきた軌跡から「経営者の覚悟」を学ぶためにも、本書は一読の価値があります。

小松伸多佳・後藤大亮著/光文社新書/2023年3月刊
文/前原政之

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