『理念と経営』WEB記事

第65回/『リデザイン・ワーク 新しい働き方』

「働き方の未来」を第一人者が綴る

著者のリンダ・グラットンはロンドン・ビジネス・スクールの経営学教授で、人材論・組織論の世界的権威です。2年に1度発表される世界の経営思想家ランキング「Thinkers50」でも、トップ15の常連となっています。

彼女は、世界の代表的企業90社以上の幹部が参加する「働き方の未来コンソーシアム」を主宰するなど、「働き方の未来」についての第一人者でもあります。
ベストセラーとなった2011年の著作『ワーク・シフト』では、2025年までに起きる働き方の激変を予測し、大きな話題となりました。

日本では『ワーク・シフト』よりも、その次に出したアンドリュー・スコットとの共著『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)――100年時代の人生戦略』(2016年)のほうが、よく知られているでしょう。
100歳まで生きることが普通となる「人生100年時代」の到来を告げた、衝撃的な一冊でした。

政治家の小泉進次郎が同書を踏まえて「人生100年時代」というフレーズを盛んに用いたこともあり、日本でも42万部突破の大ベストセラーとなりました。
2018年には、当時の安倍晋三首相が、政府の「人生100年時代構想会議」のメンバーにグラットンを任命。日本人以外で名を連ねた識者は、彼女だけでした。

『LIFE SHIFT』は日本の政策にすら影響を与えたのです。そもそも、「人生100年時代」というキーワード自体、同書から生まれたものと言えます。
2021年には、やはりアンドリュー・スコットとの共著で続編『LIFE SHIFT2――100年時代の行動戦略』も刊行。同書は当連載でも取り上げました(第18回)。

今回取り上げる『リデザイン・ワーク 新しい働き方』は、『ワーク・シフト』や『LIFE SHIFT』シリーズの続編ともいうべき内容です。

いずれも「働き方の未来」を論じた著作ですが、『ワーク・シフト』や『LIFE SHIFT』が個人のキャリア形成のシフト(転換)にウェートを置いていたのに対し、本書は組織における「新しい働き方」が主に論じられています。

つまり、本書のほうがいっそう企業経営者向けの内容になっているのです。

コロナ禍後の激変にどう対応すべきか?

『ワーク・シフト』は前述の通り、2011年時点から2025年の未来を見据えた内容でした。『LIFE SHIFT』も、「人生100年時代」が本格的に始まる近未来を主に論じたものでした。

それに対して、この『リデザイン・ワーク』で俎上に載るのは、まさに「いま」であり、すぐそこにある至近未来です。つまり、本書には未来予測的な性格は薄く、いますぐ役立つ内容と言えます。

本書のテーマとなるのは、“アフターコロナの働き方”です。
新型コロナウイルスのパンデミックが(完全終息ではないにせよ)一段落したいま、コロナ禍で加速した仕事環境の激変に合わせ、働き方をどうリデザイン(再設計)すればよいか? それが主に論じられているのです。

《社会全体がパンデミックを経験したことにより、私たちが仕事と職業生活になにを望むのかを考え直す千載一遇の好機が訪れた。コロナ禍は、ものごとの根本的な前提の多くを問い直し、新しい行動パターンを採用し、どのように仕事をおこなうかについて新しい物語を紡ぎ出すきっかけになったのだ。
 企業のリーダーたちも難しい課題を突きつけられた。コロナ前の働き方を続けるのか、それともこれをきっかけに、仕事のあり方を大胆にリデザイン(再設計)し、仕事をより有意義でより生産的なものに変え、より機敏で柔軟性の高い働き方に移行するのか》

遅々として進まなかった働き方の変化が、コロナ禍という外圧で一気に加速したのでした。人々のデジタルスキルの平均値が高まったことや、リモートワークの急激な普及が、その代表的変化です。

社会全体を覆った変化の影響は甚大でした。働き方をコロナ前にすべて戻すという選択肢は、もはやないでしょう。

では、私たちはこれから、働き方をどうリデザインしていくべきか? そのテーマを、長年の研究を踏まえて綴ったのが本書なのです。

《オーストラリア、カナダ、中国、インド、日本、スウェーデン、アメリカ、イギリスなど、多くの国の企業の実例を見ていく。また、新しい働き方を設計することは、さまざまな業種の企業にとって重要性を増している。そこで、保険、リテールバンク、通信、建設・設計、生活用品、テクノロジーなどの業種の企業、そしてさらには、オーストラリアのニューサウスウェールズ州人事委員会のような公的機関の実例を紹介する》

著者がそう言うとおり、多くの国のさまざまな企業事例がちりばめられており、日本企業も随所に登場します。

プラスを最大化し、マイナスを最小化する

コロナ前の働き方を、著者は世界初の量産型自動車「T型フォード」に喩えています。T型フォードには黒い車体の一種類しかなく、それでも顧客たちは「そういうものだ」と思い、何ら不満を抱きませんでした。

《コロナ前の働き方は、言ってみればT型フォード的なものだった。
コロナ前は、オフィスに出勤して午前9時~午後5時に働くことがほぼ必須と位置づけられていた。働く場所と時間の両方が大きく制約されていたのだ》

しかしコロナ後は、いまの自動車に豊富なバリエーションがあるように、働き方も各企業や個々人が選ぶことができる……そういう時代に大きく変わったのだと、著者は言うのです。

リモートワークの増大など、コロナ禍で加速した働き方の激変には、プラス面もあればマイナス面もあります。それは、皆さん自身も体験を通じて実感されていることでしょう。
だからこそ、《自社の働き方を設計し直す際に目指すべきなのは、プラスの影響を最大化し、マイナスの影響を最小化して、適切なトレードオフの選択をおこなうこと》だと、著者は言います。

そして、働き方のリデザインの要諦が、さまざまな角度から解説されていきます。

ただしそれは、「こうすればうまくいく」というわかりやすいハウツーではありません。
なぜなら、《すべての企業に適した方法論などない。万能のアイデアもなければ、そっくりそのまま取り入れることのできる手法もない。自社の状況に関する深い理解を土台に、それぞれの会社が新たに構想しなくてはならない》からです。

本書に解説されたポイントを経営者がよく理解し、その上で、自社にふさわしい“働き方のリデザイン”を選択しなければならないのです。
とはいえ、著者は《どのように仕事をリデザインするか》の手順を「4段階のプロセス」に分けて詳細に解説しており、それに沿って行えばやりやすいでしょう。

中小企業経営者の「迷い」にヒント与える

目からウロコが落ちるような衝撃があった『LIFE SHIFT』に比べ、本書は一見凡庸な内容に思えるかもしれません。リモートワークの功罪など、ここに書かれていることの多くを、私たちは実体験を通じて“すでに知っている”からです。

しかし、旧知のことのように見えても、やはり、「働き方の未来」研究の第一人者による分析は精緻で鋭いものです。中小企業経営者が読んでも、多くの学びがあるでしょう。

コロナ禍が一段落したことで、「我が社の働き方を、どこまでコロナ前に戻し、どこから変えるべきなのか?」などと、迷っている中小企業経営者も多いことでしょう。

その問いに対する直接的な答えは本書にはないかもしれませんが、答えを出すためのヒントは得られるはずです。

リンダ・グラットン著、池村千秋訳/東洋経済新報社/2022年10月刊
文/前原政之

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