『理念と経営』WEB記事

69歳で起業した元バンカーの志

エリーパワー株式会社 代表取締役会長兼CEO 吉田博一 氏

蓄電池の国内トップシェアを誇るエリーパワー。創業者は69歳の起業家・吉田博一会長(現在85歳)だ。住友銀行(現・三井住友銀行)副頭取、住銀リース(現・三井住友ファイナンス&リース)で社長、会長などを務めた元バンカーは、新たな分野に挑む!

少子高齢化が進むなかで高齢者も働く役割がある

――吉田さんが、蓄電池の開発に踏み切った理由を教えてください。

吉田 住銀リース時代、日本にはリースが終わった大量の物を処分する場所がなく、困っていました。それをきっかけに環境問題に関心を持つようになった時期に、母校の慶應義塾大学が開発したEV(電気自動車)に偶然試乗する機会がありました。その時、増え続ける世界中の自動車をEVに変えたら地球環境に貢献することができると確信しました。それで新しいEVを開発するための研究資金を集め、普及活動のサポートをしていたら同校から声がかかり、2003(平成15)年、教授に就任しました。

――慶應義塾大学で作ったEVを通して蓄電池に出合ったのですね。

吉田 はい。新しく開発したEVに使用した蓄電池は1台分が約2000万円もするうえに、トラブルも多かった。EVを普及させるためのカギは、蓄電池だと思ったんです。環境のことを考えれば、太陽光、風力、地熱などの再生可能エネルギーを使うにも、原子力発電の電力を無駄なく使うためにも蓄電池が必要になります。それで、当時はパソコンで使うような小型のリチウムイオン蓄電池しか量産していなかった日本の大手メーカーにこれから大型リチウムイオン電池が必要になるから作らないかと声をかけたのですが、全社から「あんなに危ないものを大型化できない」と断られました。それなら自分たちで作ろうと、20代、30代のメンバーと4人で起業を決めました。当時講師で33才の若者だった河上君が今年社長になり、これから会社を引っ張っていきます。

――69歳で、若いメンバーと一緒に新たな挑戦をすることに躊躇はありませんでしたか?

吉田 私が銀行の常務だった52歳の時、ロンドンに赴任しました。そこで、イギリスは自分と違うことをする人をリスペクトできる社会だと思いました。このような社会が新しいモノゴトを生み出すのだと実感したのです。だから、高齢での起業でしたが、年齢の差は気になりませんでした。それに、少子高齢化が進むなかで高齢者も働く役割があると思いますし、役割を見つけなければ、これからの日本社会は成り立ちません。69歳だからこそ、それまで経験してきたことを活かすことは出来ると考えていました。ただ、妻に話して心配させるといけないので、誰にも相談せずに決断し、起業しました。



蓄電システムと太陽光発電システムを用いたハイブリッド蓄電システム「POWER iE5 Link」。大和ハウス工業の新築住宅に標準装備されている/二輪車始動用リチウムイオンバッテリー「HY battEliiy Pシリーズ」。Hondaの市販二輪車に採用されている

人と違うことをしなければ世界で勝てない

――蓄電池の事業がうまくいくという見通しがあったのでしょうか?

吉田 リチウムイオン電池の量産のような設備産業には莫大な資金が要ります。私たちの考えが正しければ、企業が資金を出してくださると考えていました。それで私が資金調達のため、300社以上の経営者に会って、大型リチウムイオン電池の必要性を説明し、これまでに約400億円を集めました。これが年長者のキャリアが役立てるということで、若い人たちだけでは難しかったでしょう。

――300社以上を訪ね歩いたからこその400億円なんですね。

吉田 若い頃、支店での営業勤務が比較的長かった私は、あるきっかけからこのままでは入行当初に思い描いたキャリアで支店長になるのは難しいと思いましたが、人の3倍仕事をすれば何とかなると腹をくくりました。そこで、支店の近くの担当エリアを希望し、多い人でも1日に30軒訪問するところを1日に90軒訪問を目標に外回りを続けていたら、全国でトップの営業マンになって表彰されました。私は、親から努力する才能を授かっていると思うようになりました。それから努力することが楽しくなりました。

――蓄電池の開発は順調でしたか?

吉田 最初は蓄電池の市場で主流の三元系(ニッケル、マンガン、コバルトを使うもの)の正極材で開発を進めましたが、どう工夫しても煙が出てしまう。万が一にも、煙がでるような物は住宅には使えないと大株主の大和ハウス工業に言われました。そこで、安全でエネルギー密度が低く、当時は使えない素材とみなされていたリン酸鉄リチウム(LFP)を使った大型蓄電池の量産に、世界で初めて挑みました。

――誰にも見向きもされなかった素材を使うのはとてもハードルが高いと思います。躊躇はなかったんですか?

吉田 これも銀行員時代から考えていたことですが、人と違うことをしなければ勝てないと思っています。同じように、他社が使わないLFPを採用したのも性能を上げることができればエリーパワーは勝てると考えたからです。今でこそLFPは定置用やEVでも使われるようになってきましたが、当社が量産していなければ今もLFPは使われていなかったかもしれません。



同社が開発するリン酸鉄リチウムは、釘を刺しても発火することはない。世界トップクラスの安全性を誇っている

取材・文 川内イオ
撮影 編集部
写真提供 エリーパワー株式会社


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年 8月号「特集1」から抜粋したものです。

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