『理念と経営』WEB記事

本気で会社を変えたければ、まず社長が自らを改革せよ

オイシックス・ラ・大地株式会社 代表取締役社長 髙島宏平 氏 ✕   一橋大学大学院 客員教授 名和高司 氏

生鮮野菜の宅配から始まり、献立レシピ付きミールキットの開発や、サステナビリティ追求の商品展開など、時代の変化に応じて事業を進化・拡大させてきたオイシックス・ラ・大地(以下オイシックス)。背景には“事業領域を絞る”ことによって培った独自の仕組みづくりがある。髙島宏平社長の「進化経営」を高く評価する名和高司教授との対談から見えてきた「真のイノベーション」の在り方とは―。

「理念」の実現につながる会社でなければ、存在する必要がない

髙島 名和先生はマッキンゼー時代の上司であり、そもそも採用面接で私を採用してくれた恩人です。

名和 私がマッキンゼーで採用を決めた第一号が髙島さんです。当時から抜きん出て優秀でしたから、即決でした。

髙島 恐縮です。私は名和先生を「一生の上司」だと思って尊敬していますから、今日の対談はちょっと緊張しています(笑)。

名和 私はいま、「進化経営」というテーマで本を書いています。企業は一つの場所にとどまっていてはダメで、進化し続けないといけないという内容です。そして、オイシックスは「進化経営」のお手本だと感じています。というのも、創業以来の二十数年間で、少なくても2回は大きな進化を遂げてきたからです。創業当時は「食の安心・安全」をテーマに掲げていて、その後はミールキット(必要量の食材とレシピが付いた食材セット)に代表される利便性の追求がそこに加わった。そして最近は、サステナビリティ(持続可能性)などの社会的価値の追求に大きく舵を切られている。つまり、チャレンジする目標がどんどん高くなっているのです。食の安心・安全と利便性と社会的価値を同時に追求して、しかもきちんと利益も上げている。これは大変なことだと思います。

髙島 いま先生が「進化経営」とおっしゃったことがオイシックスに当てはまるとしたら、一つにはM&A(企業の合併・買収)を積み重ねてきたからだと思います。
オイシックスの企業理念は「これからの食卓、これからの畑」というもので、そこには「食に関する社会課題を、ビジネスの手法で解決する」という思いが込められています。ただ、食の社会課題はたくさんあるし、解決の手法もさまざまです。M&Aでブランドが増えてきたので、ブランドごとにターゲットとする課題や解決手法が違ってもいいと考えています。

たとえば、オイシックスが子会社化した「株式会社とくし丸」は移動スーパーですが、ターゲットは高齢者をはじめとする「買い物難民」と言われる方々です。その問題解決ですから、とくし丸の食品の安全基準はオイシックス本体とは異なります。それでも、「食の社会課題をビジネスの手法で解決する」という根っこが共通であれば構わないのです。

名和 本誌の誌名にもなっている「理念」についてもう少し伺いたいと思います。オイシックスは理念を大切にされていますね。

髙島 ものすごく大切です。オイシックスは理念から出発しています。「何かの領域で社会を良くしたいから、そのための手段として起業しよう」ということが原点で、その領域を「食の社会課題」に定めたのです。オイシックスの理念は企業としての存在意義と不可分で、理念の実現につながる会社でなければ、そもそも存在する必要もありません。

名和 単なるキレイゴトの、飾りのような理念ではないのですね。

髙島 はい。「自分たちは、何のためだったら頑張り続けることができるだろう?」と考えて決めた理念ですから、モチベーションの源泉を言語化したようなものなのです。

名和 創業から23年を経て、企業として大きく成長した分、社会課題の解決が進んできたという手応えがありますか?

髙島 いいえ、まだまだだと感じています。私たちにとって、事業規模は「食の社会課題の解決がこれだけ進んだ」と示す尺度に他なりません。いまの事業規模は1000億円を少し超えた程度ですから、その分だけ進んだわけですが、それでも解決できない食の社会課題はまだ世界に山ほどありますから。
むしろ、「もっと速く成長できないものか?」と、オイシックスの成長の遅さに、私は創業以来イライラし続けています。

名和 傍目にはすごい急成長に見えますが、それでも「遅い」と感じるのは、掲げた志が高いからこそでしょう。

「体感主義」の実践を通じて社員のやる気に火をつける

名和 わずか十数人で創業された御社が、いまは1900人以上の社員を抱える上場企業になったわけですが、髙島さんのリーダーとしてのありようは変わってきましたか?

髙島 そうですね。最初は野球チームのキャプテンみたいだった立場が、やがて監督みたいになって、次にGM(ゼネラルマネージャー)みたいになって、いまは監督たちを頑張らせるコミッショナー(野球界の最高責任者)みたいになった感じです(笑)。

名和 「リーダーを育てるリーダー」ということですね。先日、テレビの『ガイアの夜明け』(テレビ東京系)で御社が主役になった回(4月28日放映の「オイシックスが挑む 新・食卓革命!」)を見ました。番組の主役は髙島さんというより、むしろチームリーダーの女性たちでした。次代のリーダー育成がうまくいっているのだなと、感心しましたよ。

髙島 ありがとうございます。それは一つには、20年以上社長をやってきたことで、自分の得手不得手がよくわかってきたからだと思います。「ここは私が出しゃばらず、彼女らに任せたほうがいいな」ということが見えてきたのです。

名和 なるほど。ただ、先ほどの野球のたとえでいうと、髙島さんはいまもプレイングマネジャー(選手兼監督) で、自ら戦いの矢面に立つことも多いと思うのですが……。

髙島 そうですね。〝代打の切り札は自分だ〟的な感覚はかなりあります(笑)。会社が勝つことが何より大事ですから、自分が出ることで勝率が高まるなら、迷わず前に出ます。たとえば、私は泥仕合みたいなこじれた交渉事をまとめるのが得意です。なので、そういうときには人任せにせずに自分がやりますね。

名和 髙島さんは経済同友会の副代表幹事になられたし、日本車いすラグビー連盟理事長などの公的な活動もなさっていますね。そちらにも時間をかなり費やしていると思いますが、それができるのは、任せるべき部分は社員さんに任せているという自信があるからですか?

髙島 というより、自分のプライベート・タイムを削っています。会社のために使っている時間、私が会社にいる時間は、あまり減っていないと思います。私は、経営に時間を費やすために、趣味もあえて作らないようにしていますから。

名和 「キャリアセレクタビリティ賞」という、社会性・収益性を兼ね備えた「人が育つ企業」を顕彰する賞があります。私もその審査員の一人になっていて、2020(令和2)年の第一回受賞企業に御社を選ばせていただきました。審査の過程で心を打たれたのは、社員の皆さんがすごく楽しそうに仕事をしていて、「やらされ感」が皆無であることです。そういう人材を育てる秘訣は何ですか?

髙島 「体感主義」を大事にしていることだと思います。社員が(農産物の)生産者と一緒に畑を耕したり、会社にお客様を呼んでパネルディスカッションをやったりして、社員が生産者やお客様と直に接していろんなことを体感する機会を、意識的に増やしています。一律に上から教育するというより、一人ひとりが体感によって自ら学んでいくのです。

そういうやり方だと、モチベーションのありようはバラつきますが、〝モチベーションの矢印の長さ〟がそれぞれ伸びるというか、本気の「やりたい気持ち」が各自に湧いてくるんです。統一感はなくてデコボコしているんですが、会社全体のやる気エネルギーの総和が大きい。
名和 ただ、体感によってやる気に火がつく人ばかりではないと思います。火がつかない人にはどう対処するんですか?

髙島 そもそも、オイシックスは採用に際して「セルフモチベーション(自分でモチベーションを上げる)ができる人」を選ぶようにしています。それは重要な採用基準なので、体感してやる気に火がつかないような社員はほとんどいないはずです。

そういう社員がいたとしても、基本的には何もしません。というのも、オイシックスのマネジメントの基本方針は「動機づけできない社員に時間とエネルギーを費やすより、エースを超エースにすることに費やせ」だからです。そのほうが組織の勝率は上がるので……。

名和 「2:6:2の法則」というものがありますね。あらゆる組織で、上位2割が成績優秀者、6割は平凡、残り2割が成績不振者に分かれるというものです。普通のマネジメントは、「上の2割は自走できるから放っておこう。自走できない下の2割を伸ばそう」としがちです。でも、御社は逆なんですね。

髙島 はい。下の2割を底上げしても、組織全体としてはあまりハッピーにならないですから。それより、上位2割がさらに頑張って道を切り拓いてくれたほうが、結果的に下の2割が活躍する場も増えます。

名和 いまの世の中のゆるい風潮からすると異色の組織論ですが、髙島さんらしい。下の2割を冷たく切り捨てるわけではなく、「会社全体が勝つことこそ全社員の幸せにつながる」という信念に基づいているわけですね。

仕組み化しスケールさせることが「真のイノベーション」である

名和 私にはシュンペーター(イノベーションを理論化した経済学者)についての著作もありますし、イノベーションは専門分野の一つです。その立場から、日本にはイノベーションについての根深い誤解があると感じています。

誤解の一つは、単なる発明がイノベーションだと思われていることです。シュンペーターは、「イノベーションで最も大切なことは、社会実装し、スケールさせる(規模を拡大させる) ことだ」と定義しています。たとえ画期的な発明やアイデアがあっても、社会に広まらなければイノベーションとは呼べないのです。

構成 本誌編集長 前原政之
撮影 中村ノブオ


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年 8月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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