『理念と経営』WEB記事

第63回/『理念経営2.0――会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』

「理念経営」にシフトする企業が急増

月刊『理念と経営』の編集長を務める身として、本書のタイトルを見た瞬間、「これは絶対に読まなければ」と思いました。
読んでみたところ内容も素晴らしかったので、さっそく当連載で取り上げることにしたしだいです。

著者の佐宗邦威(さそう・くにたけ)氏は、P&G、ソニーを経て、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を起業した方。本書の随所に、著者が関わったプロジェクトや企業支援などの事例が織り込まれています。机上の空論は一つもなく、具体例に即した解説書である点が、本書の大きな魅力です。

改めて言うまでもなく、「理念経営」とは「企業理念を中心に据えた経営」を指します。

企業の存在意義や価値観、目指すべき理想などを言葉で示した理念には、社是・社訓、ミッション、ビジョンなど、さまざまな形があります。
理念を持たない企業もありますし、理念を持つ企業の中にも、それが「お飾り」となって形骸化してしまっているケースは少なくないでしょう。

逆に、「理念経営」とは、理念がすべての根幹になった経営のありようを指します。日本における嚆矢は、松下電器産業(現パナソニック)創業者・松下幸之助の「水道哲学」に見いだすことができるでしょう。

《理念経営は、日本のビジネス界では、松下幸之助や稲盛和夫など、一部のカリスマ経営者の会社で実践される、かなり特殊なものだった。これまで多くの会社は、わざわざ理念なんて意識しなくても立派にビジネスをやってこられたのだ》

著者は本書でそう言いますが、理念経営に取り組んできた企業は日本に数多くあります。
他ならぬ小誌『理念と経営』も、理念経営を通じた中小企業の活性化を一つの使命として歩んできました。

そして、一般的には「かなり特殊」であった理念経営が、近年、大きくクローズアップされてきたと著者は言います。

《僕が経営しているBIOTOPEという戦略デザインファームは、数年前まではずっと、企業の新規事業づくりやブランディングなどの支援に力を入れてきた。
 しかしここ数年で、僕らに寄せられる相談の傾向は大きく変化してきている。ミッション、 ビジョン、バリュー、パーパスなどの企業理念をつくりたい企業から、「その策定と活用に向けて伴走してほしい」という依頼が驚くほどたくさん来ているのだ》

そのように、理念経営にシフトする企業の急増を肌で感じた著者が、理念策定・活用支援の豊富な経験を踏まえて書き上げたのが、本書なのです。

株主中心主義の終焉が背景に

理念経営にシフトする企業が急増した背景も、詳しく解説されています。その要因の一つは、株主中心主義からステークホルダー資本主義への移行です。

《株主中心主義の場合は、株主に対する金銭的なリターンを最大化することこそが「いい経営」だということになる。じつにシンプルな基準だ。
 しかし今後は、顧客・従業員・株主・パートナー企業・地域コミュニティ・環境(や将来の世代)という6種類のステークホルダーを重視する必要がある。(中略)
 複数のステークホルダー内での利害関係の調整が重要になったことで、「なにがステークホルダーにとっていいことなのか」という上位の経営目的が必要になった。多くの場合、それを「パーパス」と呼ぶ。とくに欧米の機関投資家が、企業に存在意義の定義と長期的なリスクを明示するように求めたことで、企業の経営者たちも動き出さざるを得なくなった》

要するに、「企業は儲かればOK」という時代は終わり、企業経営にも社会的価値の追求が求められる時代になったのです。
そこには、世代的な意識の変化もあります。

《仕事に意義を求める人々は、とくに、現在の20〜30代のあいだで急速に増えている。給料が高くても生きがいにつながらない仕事をやめて、給料が低くても生きがいにつながる仕事を選ぶようになってきているのだ。(中略)
 会社という場を、日々楽しく自分のテーマを探究していく場としてとらえ、給料よりも意義を求めて働く人が、とくに優秀な層ほど増えてきているのを感じる。あと10年もすれば、社会の労働市場の中心は、こういった「意義」を重視する層になっていくはずだ》

企業として何を目指し、どのような社会的価値を追求するのか? それを明確に理念として掲げなければ、若く優秀な人材からそっぽを向かれてしまう時代になったのです。それが、理念経営にシフトする企業が増えたもう一つの背景です。

著者は、《これからの企業においては、理念こそが経営資源の核なのである》とまで言い切っています。

理念経営も時代に合わせて進化する

では、松下幸之助の時代から受け継がれてきた理念経営と、本書で言う「理念経営2.0」は、何が違うのでしょう?

その違いも、本書で詳しく解説されています。
端的に言えば、従来の理念経営が1人の経営者の価値観を社員に浸透させていくものであったのに対し、「理念経営2.0」は、全社員が共通の拠り所として理念を掲げていくものだということです。

《これからの企業理念は、「社長の誓い」ではなく、「みんなの物語」の源泉としての性格を持つようになる。(中略)
 「社長の誓い」としての企業理念を植えつけていく経営スタイルが 理念経営1.0であるとすれば、あくまでも「みんなの価値創造の物語を生むためのソース」として企業理念を位置づけていくあり方は理念経営2.0と呼ぶことができるだろう》

昔もいまも、理念経営の本質は変わりません。
ただし、社会の変化によって理念経営が特殊ではなくなり、すべての企業に求められるようになりました。

また、価値観の多様化によって、一人の経営者の価値観に社員を染め上げていくやり方は時代遅れになりました。理念は、社員各自が価値創造を行うための「共通の物語」としての性格を持つようになったのです。

理念の作り方・使い方のガイドブック

そのように背景を解説したうえで、著者は、理念経営推進の手順を「7つのステップ」に分けてレクチャーしていきます。
つまり本書は、企業理念の作り方・使い方を解説した実用書でもあるのです。

「MVV」と略称される、「ミッション、ビジョン、バリュー」という理念経営の重要概念があります。3つがどのように違うのかを、明快に説明できる経営者は少ないでしょう。
そもそも、3つの違いがあいまいなまま流通している面もありますし、近年は「パーパス」という新たな概念が加わったことも、わかりにくさに拍車をかけています。

著者は本書で、それらの概念を再整理して、これ以上ないほど明快に解説しています。
また、企業にとって、ビジョン、バリュー、ミッション/パーパス(著者は2つをほぼ同義と認識)が必要なステージはそれぞれ異なるため、必ずしも一度に策定しなくてもよいと指摘します。

そして、ビジョン、バリュー、ミッション/パーパスを、どのステージでどう策定し、どう浸透させ、どう生かしていけばよいのかが、微に入り細を穿って解説されていきます。1章から3章までが理念の作り方、4章から7章までが使い方の解説です。

そのように、企業理念の作り方・使い方が一気通貫で解説されている点が、本書の最大の価値と言えます。
これから企業理念を作る(あるいは変えようとしている)経営者にとって有益なのはもちろん、すでに理念を持つ企業の経営者にとっても学びの多い一冊でしょう。

たとえば、理念がなかなか社員に浸透しない、社員たちが「自分ごと」として理念を受け止めてくれない……という悩みを抱いている中小企業経営者は多いことでしょう。
その悩みを打開するヒントも、本書にはちりばめられているのです。

佐宗邦威著/ダイヤモンド社 /2023年5月刊
文/前原政之

理念と経営にご興味がある方へ

SNSでシェアする

無料メールマガジン

メールアドレスを登録していただくと、
定期的にメルマガ『理念と経営News』を配信いたします。

お問い合わせ

購読に関するお問い合わせなど、
お気軽にご連絡ください。