『理念と経営』WEB記事

第62回/『温かいテクノロジー/AIの見え方が変わる 人類のこれからが知れる 22世紀への知的冒険』

話題の「家族型ロボット」の開発秘話

読者の皆さんは「LOVOT(らぼっと)」をご存じでしょうか?

名前に聞き覚えがなくても、本書『温かいテクノロジー』の書影にある小さなロボットのことだと言えば、「ああ、あれか」とピンとくる人が多いでしょう。テレビの『ガイアの夜明け』や『情熱大陸』に取り上げられるなど、マスメディアに登場する機会もすでに多いからです。

「LOVOT」は、「LOVE」と「ROBOT」の2語を合わせたネーミング。その名のとおり、“愛されるために生まれた「家族型ロボット」”です。

このLOVOTを開発し、製造・販売しているのが、「GROOVE X(グルーヴ・エックス)株式会社」。日本のロボット・ベンチャーであり、創業者で代表取締役社長・CEOを務めるのが、本書の著者、林要(はやし・かなめ)氏です。

林氏は、トヨタの自動車開発エンジニアを経て、2011年、孫正義氏の後継者育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」(企業内学校)に、外部1期生として参加。ソフトバンクに入社し、ロボット「Pepper(ペッパー)」の初代開発リーダーを務めました。

その後、2015年にソフトバンクを退社して独立し、GROOVE Xを創業(ちなみに、この社名にはイーロン・マスク氏の宇宙ベンチャー「スペースX」へのオマージュが込められているそうです)。
そして、18年にはLOVOTを発表し、翌19年に販売開始して現在に至ります。

本書はまず第一に、LOVOT開発の舞台裏を描いたビジネス・ノンフィクションとして読むことができます。
LOVOTとはどのようなロボットなのか、その特徴はどんな意図と経緯で生み出されたものなのかが、開発者の目からつぶさに明かされているのです。

ロボットの役割は利便性だけではない

たとえば、LOVOTはやわらかくて温かい体を持ち、抱き上げると猫や犬を抱いたときに近い感覚を味わうことができます。
そのような仕様にした最初のきっかけは、著者が前職でロボット「Pepper」を連れて高齢者福祉施設を訪問した際、お年寄りから言われた言葉にあったそうです。

《ほかの改善点を見つけるべく、「Pepperがもっとこうなってくれたらいいのになあと思うことはありますか」と尋ねてみました。そして出てきた言葉に、とても驚かされました。
「手を温かくしてほしい」
 それまでのPepperの改善点といえば、「会話をもっと理解してほしい」「冷蔵庫からビールを持ってきてほしい」「データが自動で解析されて、クラウドに保存されるようにしてほしい」といった利便性にまつわることが多かっただけに、この言葉はまったく予想していなかったものでした》

「手を温かくしてほしい」――何気ない一言に著者が意表を突かれてハッとしたのは、それが巧まずしてロボットの本質を揺るがす問いであったからでしょう。

「ロボット」という言葉は、「強制労働」を意味するチェコ語「robota」に由来します。この語源が示すように、ロボットとは「人間の代わりに労働する機械」です。それも、人間にとって面倒でつらい労働を代行してくれる存在なのです。

従来のロボットは、語源のとおり「人間の代わりに労働する機械」でした。言い換えれば、人間の利便性の追求こそロボット開発の眼目であったのです。

ところが、利便性とは関係ないお年寄りの要望をきっかけに、著者は「ロボットは、そもそも利便性の向上に貢献しなければ存在してはいけないものなのか」という本質的な問いに辿りつきました。
そして、次のような構想を抱くようになったのです。

《たとえ人類の代わりになるような生産的な仕事はできなくても、現実に存在する物体として、触れることができる、体温を感じることができる「ただ存在するだけで意味があるロボット」がいるとしたら─》

その構想を具体化したのがLOVOTでした。「利便性の向上には貢献しない、だけど人類を幸せにするロボット」を追求したものだったのです。

冷たいテクノロジーから「温かいテクノロジー」へ

LOVOTは、可愛らしい外見とは裏腹に、中身にはロボット・テクノロジーの粋が集められています。
そのことは、世界最大級の家電・IT見本市である米国の「CES(セス)」で「ベストロボット賞」「イノベーション・アワード」を受賞するなど、国内外で多くの賞に輝いたことで立証済みです。

しかし、LOVOTのテクノロジーは、利便性や生産性の向上には向けられていません。なぜなら、ただ愛されるために存在するロボットであるから。いわば、“従来の実用性至上主義のロボット作りへのアンチテーゼ”なのです。

LOVOTは全身に50ヶ所以上のセンサーを持ち、持ち主の声や視線などに反応して自然な振る舞いをします。
(持ち主が決めた)名前を呼ぶと近づいてきて、持ち主を見つめます。好きな人に懐き、抱っこをねだり、抱くとほんのり温かい……。まるで生き物のような「生命感」を持つロボットなのです。最先端のロボット・テクノロジーが、持ち主に愛されることに向けて集約されているわけです。

考えてみれば、ペットは何かの役に立つから飼うわけではありません。飼い主に愛されることにこそ存在意義があるのです。
犬や猫などのペットが飼いたくても、さまざまな事情から飼えない人はたくさんいるわけですが、LOVOTはその代わりに十分なり得るでしょう。

じっさい、LOVOTはかなりの高額商品であるにもかかわらず、すでに日本国内で1万体以上が売れています。さらに、今年(2023年)6月からは中国でも販売開始。日本のロボット・ベンチャーとして初のグローバル展開であり、注目を浴びています。

何かの役に立つことを目指す従来のテクノロジーが、損得勘定から生まれた「冷たいテクノロジー」だとすれば、愛されるためだけに存在するLOVOTに注ぎ込まれたテクノロジーは、「温かいテクノロジー」だと言えるでしょう。
本書のタイトルには、そのようなニュアンスが込められているのだと思います。

そして、本書全体が、利便性や生産性にばかり目を向けてきた従来のテクノロジーに疑義を呈する内容になっています。

《テクノロジーは生活を豊かにし、さまざまな効率化を進めました。では、 それで自分や周りの人が「幸せになりましたか」 とあらためて問われると、「イエス」と答えられる人はあまり多くないのではないかとも思います》

「はじめに」にそうあるように、テクノロジーは本来、人間が幸せになるためのものでした。しかし、技術の発展がとことん進んだいま、逆にテクノロジーが人間の不安を助長し、不幸にしている場面もしばしば見られます。

《次第にぼくは、「人類は、テクノロジーの進歩の方向性を考え直すべき段階に来たのではないか」 と考えるようになりました》

今後は人間の愛情や幸福感などにフォーカスした「温かいテクノロジー」の追求が、大きな流れになるべきではないか? ……そんな思いが、全編の通奏低音となっているのです。

人間学であり、壮大な文明論でもある

すでに述べたとおり、本書はLOVOT開発の舞台裏を綴ったビジネス・ノンフィクションですが、それだけには終わっていません。
これからのAI・ロボットと人間の関係のありよう、資本主義の行き詰まりを乗り越える方途などを考察した、壮大な文明論ともいうべき内容になっているのです。

たとえば、 “現代のビジネスのありようは、顧客・消費者への「ドーパミン」(神経伝達物質)刺激に偏り過ぎではないか”と、著者は問いかけます。

ドーパミンは生きる意欲に結びつく重要な物質ですが、刹那的快感を司るホルモンでもあり、過多になると依存症などにつながりやすいのです。つまり、ドーパミン刺激に偏ったビジネスのありようは、人々を不安や渇望に陥れ、不幸にしてしまう面があるわけです。

だからこそ、これからはドーパミンではなく、「幸せホルモン」「愛情ホルモン」の別名を持つ「オキシトシン」の分泌を促すテクノロジーが求められていると、著者は言います。LOVOTは、まさに持ち主のオキシトシン分泌を促すロボットなのです。

《LOVOTという存在は、人類をドーパミン漬けにする現代ビジネスへの「ささやかなアンチテーゼ」でもあるのかもしれないと思うようになりました》

本書は、人類が「ドーパミン漬け」になっている現代文明のありように、「否」を突きつけた内容でもあるのです。いわば、“ドーパミン文明からオキシトシン文明へのシフト”を提唱する一冊であり、単なるビジネス書を超えた文明論と言えます。

そして、本書はロボットを媒介として人間について思索した、一種の哲学書でもあります。

サル学の研究者は、研究を通じてサルと人間の違いを考え抜くため、しばしば「人間学の達人」になります。たとえば山極壽一氏(人類学者・霊長類学者/京都大学名誉教授)のように……。

同様に、ロボットの研究・開発者は、研究を通じて「人間らしさとは何か?」を考え抜くため、やはり人間学の達人になるのです。
著者の「人間とは何か?」という思索の軌跡が、本書にはわかりやすく開陳されています。つまり、これは人間学の書でもあるのです。

もちろん、著者はスタートアップの経営者ですから、本書には経営書としての側面もあります。その点でも、中小企業経営者にとって学びの多い内容でしょう。

しかし、それだけにとどまりません。これは、商品開発やビジネスのありようを根底から見直す契機になり得る書でもあるのです。

「我が社の商品は、本当に顧客の幸せに結びついているだろうか? ドーパミン分泌を促す刹那的刺激ばかり追い求めた商品・ビジネスになっていないだろうか?」
――本書を読んで、一度そんなふうに考えてみることも、今後の経営のために有益でしょう。

林要著/ライツ社/2023年5月刊
文/前原政之

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