『理念と経営』WEB記事

なぜ、若者は「ゆるい職場」を 去るのか

リクルートワークス研究所 主任研究員 古屋星斗 氏

働き方改革が進み、「働きやすさ」は格段に高まった。ところが、「居心地はいいし、上司も先輩もいい人だけど……」と言いながら離職する若者が増えている。若手たちに一体何が起きているのか――。その実態を、『ゆるい職場』(中央公論新社)の著者、古屋氏に聞いた。

「やりがい」の乏しい職場が増えている?

――近年、働き方改革の効果で職場の環境が改善されたにもかかわらず、自身のキャリアに「不安」を抱く若者が増えているそうですね。古屋さんは著書『ゆるい職場』の中で、その背景に日本の労働環境の構造的な変化があると指摘しています。いわゆる「ゆるい職場」に若い世代が不安を抱くのはなぜなのでしょうか。

古屋 かつて日本の職場では若い社員を育てる際、時には厳しく叱責したり、飲み会で仕事について熱く語ったり――といった上下関係が当たり前の時代がありました。しかし、今はそうした企業は驚くほど少なくなっています。大手企業での上司と部下の関係は「褒めまくるマネジメント」が標準的。管理職に対する調査でも週に1日以上「職場で部下を褒めたり、たたえたりする」人が6割以上だったのに対し、「職場で部下を叱責する」人は2割未満に過ぎませんでした。

若手社員は残業を強いられることも減り、会社内での付き合いなどの「関係負荷」がとても軽くなってきています。つまり、若者にとって企業での「働きやすさ」は明らかに増しているといえるのです。

ところが、この5年ほどの間、そうした「ゆるい職場」環境に対して、「成長の機会」や「やりがい」の乏しさを感じる若者が増えているんです。例えば、私自身も驚いたのが、インタビューをしたある大手企業の女性社員から、「上司や先輩から親戚や子どものような扱いを受けていると感じる」という声を聞いたことです。

つまり、会社で“はれ物”のように扱われることで、「この職場は働きやすくて好きだけれど、将来のことを考えるとこのままでいいのだろうか」という焦りや不安を感じ、離職を考え始める若者たちが少なくないわけです。これが今の「ゆるい職場」という新しい問題なんですね。経営者や管理者からすれば、「なぜ労働環境が良くなっているのに、若手が辞めていくのか」と、もやもやした気持ちを抱いている人も多いのではないでしょうか。

不満型転職から不安型転職へ

――そうした若者を取り巻く職場の変化は、いつ頃から生じたものなのでしょうか。

古屋 2015(平成27)年に施行された「若者雇用促進法」が契機だったと私は捉えています。ブラック企業批判なども背景にしながら行われてきた働き方改革の一つで、法律では採用の際に平均残業時間や有休の取得率、早期離職率などの公表が義務付けられました。さらに19(令和元)年には労働時間の上限規制も行われ、企業の労働環境は年を追うごとに改善されていきました。

その中で、若者の中に増え始めたのが「不安型の退職」です。以前は企業を退職する際、若者は上司や過酷な働き方などに不満を抱く「不満型の退職」が一般的でした。しかし、今の若者たちはSNSを通して同期の友人と「今の自分」を比べたり、一生1社で職業生活を続けることが難しくなるなかで「自分は今のままで他の会社でも通用する市場価値を得られるだろうか」と懸念を覚えたりする機会も多く、今の職場で働き続けることへの不安を膨らませていく傾向にあります。

私はそれを「キャリア不安」と呼んでいます。転職しても「前の会社が良かった」と思う人もいるので、他社の同期と自分を比べるのは「青い鳥」を追いかけているようなものともいえるかもしれません。

しかし、経営者や上司が意識しなければならないのは、実際に会社を辞めるという行動を取るかどうかにかかわらず、若手社員がそうした「キャリア不安」を抱えながら働くようになっていることです。キャリアを会社が丸抱えした時代が終わったわけですから。

取材・文 稲泉連
撮影 編集部


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年 7月号「なぜ、若者は…」から抜粋したものです。

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