『理念と経営』WEB記事

「成功するまでやり続ける」 を合言葉に

旭酒造株式会社 代表取締役社長 桜井一宏 氏

日本酒「獺祭」の生みの親である桜井博志会長と、その背中を追い続けてきた一宏社長の新たな挑戦が、米ニューヨークを舞台に繰り広げられている。父子による二人三脚経営の目指す先は「日本酒の国際化」だ。

父が考えていることは自然と伝わってくる

― 自分が「将来旭酒造の4代目となる」ことは、子どものころから決まっていたのですか。

桜井 父から面と向かって言われた記憶はありません。ただ、一家で酒蔵に住んでいて祖父、父が蔵元として働くのを間近に見ていたので、将来は自分がこの仕事を継ぐのだと自然と思っていました。

―でも、大学を卒業すると、就職先には家業とは関係ないメーカーを選ばれましたね。

桜井 大学時代の4年間東京にいて実家への気持ちがすっかり離れてしまいました。それに、そのころはまだ売り上げもそれほど大きくはなく、酒蔵は儲からないというイメージが頭にあったのでしょうね(笑)。

―では、3年働いた後、その儲からない酒蔵に戻ったのはどうしてですか。

桜井 仕事帰りに立ち寄った居酒屋に旭酒造の獺祭が置いてあったので、何の気なしに注文したら、これが美味しかった。父が味を追求し続けることと、それが企業の意義になっていること、お客さんへの価値になっていることが理解でき、自分もそこに参加したいと思ったのです。

―息子の入社に、当時社長だった父親の博志氏もさぞホッとしたのではないですか。

桜井 ええ、やはり家業ですからね。一方で、私にビジネスのセンスがあるかどうかは未知数ですから、おそらく安堵と不安が半々だったと思います。

― 入社2年目にして博志氏から、ニューヨークの市場開拓という難題を突き付けられたそうですね。

桜井 東京で認められた獺祭ブランドを引っ提げて、次は世界に打って出る。面と向かってそう言われたことはありませんが、家でも会社でも四六時中一緒にいれば、父が何を考えているかは自然と伝わってきます。だから、『明日からニューヨークに行って売り上げをなんとかしてこい』というのも、まぁ理解できなくはありません。ただ、準備もあるのでもう少し早く言ってほしかったという気持ちはありましたけどね(笑)。



日本酒を“よそ者の酒”から「世界酒」に

― ニューヨークではどのようにして販路を広げたのですか。

桜井 最初は、飲食店やリカーストアへの飛び込み営業。獺祭のサンプルを配ったり、日本食材を売る輸入卸の営業に同行して紹介したりしていたのですが、ほとんど反応がありません。その当時、獺祭は海外ではほぼ無名の銘柄で、値段も安くない。当たり前です。そこで、やり方を変えて、すでに獺祭を扱っているごく一部の店舗に集中して、そこでのスタッフ向け勉強会や、お客さん向けの試飲会をやらせてもらいました。

すると、これが大成功。日本から来た酒蔵の社長の息子は客寄せパンダとしては申し分なく、イベントを開けばそれなりに人が集まります。そして、そこで獺祭を口にし美味しいと思った人が、次はそれを知り合いや自分の行きつけの店に紹介するといういい循環が生まれたのです。
実は、私もニューヨークを訪れるまでは、外国人に日本酒の味はわからないだろうと懐疑的だったのですが、それは杞憂に過ぎませんでした。美味しい日本酒は外国人が飲んでも美味しいと感じるのです。こうして獺祭は徐々に市場を拡大していき、いまではニューヨークでも数千を超える店が、獺祭を扱ってくれています。

― 酒蔵の息子を送り込むという博志氏の戦略は実に的を射ていたというわけですね。

桜井 恐らく手段の一つとしてそれなりに可能性は感じていたのでしょう。もしダメでも違うやり方を考えたとは思います。

―その博志氏はこの4月からニューヨークに駐在し、海外向け新ブランド「DASSAI BLUE(獺祭ブルー)」販売の陣頭指揮をとるそうですね。

桜井 はい。最近は日本酒も海外でかなり評価が高まっていますが、まだまだ寿司や和食と一緒にしか飲まない“よそ者の酒"というイメージが強い。
そこでSakeが彼らの文化にもっと踏み込み、日本酒に対するイメージや食文化自体を変えていけるように、現地に酒蔵をつくることにしました。

米国のアルコール市場における現在の日本酒の割合はたった0.2%ほど。この酒蔵を前線基地として「日本酒を取り巻く文化」を変えていきたいのです。これは当社だけでなく日本酒全体、ひいては日本の食文化のチャレンジなので、負けるわけにはいきません。72歳の父が常駐するのはその覚悟の表れなのです。

“失敗できるチャンス”が2倍に増えた

―反面、チャレンジはリスクを伴います。失敗した場合、それが国内事業の足を引っ張るような恐れはありませんか。

桜井 時間がかかっても成功するまで続けるつもりでいますが、短期的にはこちらの思惑どおりに進まないケースも想定しています。

取材・文 山口雅之
写真提供 旭酒造株式会社


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年 7月号「特集2」から抜粋したものです。

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