『理念と経営』WEB記事

第60回/『AIが職場にやってきた――機械まかせにならないための9つのルール』

“AIの進化が企業に何をもたらすか?”がわかる

AI(人工知能)チャットボットサービス「ChatGPT」の大ブームが続いています。
米企業「OpenAI」が同サービスを公開したのは2022年11月末で、現時点でまだ7ヶ月しか経っていないのに、すさまじい社会的インパクトをもたらしたのです。

公開からわずか2ヶ月後の今年(23年)1月には、ChatGPTの月間アクティブユーザー数が1億人に達しました。これは史上最速の普及スピードです。
驚異的なまでに自然な文章を生成するChatGPTの登場は、いささか大げさに言うなら、人類とAIの関係をネクストステージに進めた大事件でした。

ブレークスルー技術である「ディープラーニング(深層学習)」の登場によって、「第3次AIブーム」が起きたのは2010年代のこと。以降、「AIに人間の仕事が奪われる」という「AI脅威論」が、常にメディアを賑わせてきました。そして、ChatGPTの登場でそこに拍車がかかったのです。

読者の中小企業経営者には、「自分はもろに文系人間で、AIなんてまったくわからない」と思っている人も多いでしょう。
しかし、もはや「わからない」では済まされない時代に入っています。ChatGPTに限っても、それを企業の仕事用にチューニングして実装させることが、日本でも事業として成り立っているほどなのです。
文系にもわかりやすい概説書があれこれ出ていますから、経営者なら、AIについて最低限の知識は持っておきましょう。

今回取り上げるのは、まさに“AIの進化が企業に何をもたらすか?”がよくわかる概説書です。

脅威論にも楽観論にも偏らない中庸の書

著者のケビン・ルース氏は、米『ニューヨーク・タイムズ』紙でテクノロジー分野を担当するコラムニスト(※)です。

※日本で「コラムニスト」というとエッセイストに近い印象ですが、米国の新聞業界における「コラムニスト」は取材してコラムにまとめる役割です。「記者」をイメージしたほうがよいでしょう。

テクノロジーと一口に言っても範囲は広いですが、ルース氏は《自動化とAI、ソーシャルメディア、偽情報とサイバーセキュリティーなどについて執筆する》ことが多いそうです。本書は、“人間のさまざまな仕事がAIによって自動化されていくこと”がもたらす影響をテーマとしていますから、著者は最適任と言えます。

その著者が、AI研究者、AIビジネスのスタートアップ、AIを導入して人員削減を行った企業など、さまざまな関係者・当事者を取材して書き上げたのが本書です。

著者は、数年前にテクノロジー担当コラムニストになったころには、AIがもたらす未来について楽観的であったそうです。しかし、取材を続けるにつれ、その楽観に暗雲が立ち込めていきました。

《AIや自動化はどうやら一部の人(具体的には、テクノロジーを生み出してそこから利益を得る企業役員や投資家)には恩恵をもたらしているが、あらゆる人の暮らしをよくするのに役立っているわけではないらしい》と気付いたのです。

ただし、著者は極端な悲観論や「AI脅威論」にも与していません。

《数年間にわたりAIと自動化の過去と現在について調べてきた私は、これらのツールが私たちを歩きやすく整えられた道へと誘って、進歩と調和へ導いてくれるという素朴でユートピア的な話を信じ続けるのは難しいと感じている。だからといって、知能をもった機械が世界を支配する定めであり、人間は自分たちが過去の遺物となりつつあるという事実と折り合いをつける以外に何もできないとする、極端にディストピア的で運命論的なAIの物語を受け入れることもできない》

著者はそのような、《全面的な楽観ではなく全面的な悲観でもない》自らの立場を、「サブオプティミズム」(楽観未満)という造語で表現しています。
AIと自動化の最前線を熟知しながら、極端な楽観にも悲観にも偏らず、中庸を保った概説書である点が、本書の第一の美点なのです。

「AIと自動化」を巡る、地に足の着いた考察

《AIや自動化の話になると、楽観論者も悲観論者も妙に遠い未来について語りがちだ。数年後、あるいは数十年後にこれらのテクノロジーがもたらす影響ばかりに目を向けて、すでに生じている影響については考えようとしないのだ》
《AIと自動化をめぐる中心的な議論では、もっぱら生産性の伸びや失業率といった限られた経済指標にAIが与える影響が論じられていて、これらのテクノロジーが実際に人の生活をよくしてくれるのかといった、もっと主観的な問いは置き去りにされがちだ》

著者がそう書くとおり、類書では、遠い未来の話――2045年前後に到来すると言われる「シンギュラリティ」(AIが人間の知能を超える「技術的特異点」)の話など――や、主語の大きな話に偏りがちです。

本書のもう一つの美点は、そのような偏りを免れているところ。
もちろん“AIと仕事の未来”が考察されていますが、いま起きている変化の延長線上に、生活に密着した、地に足の着いた形で考察がなされるのです。

AIに振り回されずに生きるためのルール

本書は2部構成。第1部では「AIと自動化」がもたらすものを巡る著者の考察がまとめられています。そして、第2部では、私たち人間がAIに振り回されず、人間らしさを保って生きるための「ルール」が、《9つの具体的なステップとして紹介》されています。
つまり、副題の「機械まかせにならないための9つのルール」に相当するのが、第2部の内容なのです。

ただしそれは、「AI脅威論」の記事によくある、「こうすればAIに仕事を奪われずに済む」というハウツー的内容ではありません。
AIに真似できないスキルの磨き方も紹介されているので、結果的に「AIに仕事を奪われない方法」も説かれていますが、それだけではないのです。もっと根源的な、“AIがどれだけ進歩しても、人間らしさを失わないための知恵”が紹介されています。

たとえば、すでに現在も、私たちのさまざまな「好み」はAIに操られています。「自分の好みで選んで買っている」と思い込んでいるものも、多くはアルゴリズムの「おすすめ」に影響されて「選ばされている」のです。

そのための「選択アーキテクチャー」という技術が、すでにプロダクトデザインの一分野として確立されているほどです。
そして、AIが私たちの好みを操作するテクノロジーは、今後ますます進歩し、洗練されていくでしょう。

だからこそ、私たちはその見えない圧力に抗して、自分の好みでしっかり選ぶための力を鍛えないといけません。さもなければ、「人間らしさ」がどんどん侵食されていくからです。

第2部の「9つのルール」には、そのような“AI時代に人間らしく生きるための知恵”が集められています。

つまり本書は、AIと仕事の未来を論じるのみならず、「AI時代の幸福論」ともいうべき哲学的深みを持った一冊なのです。

中小企業経営者にとっても、今後仕事の中でAIとどうつきあっていけばよいかを、深い次元から教えてくれるでしょう。

ケビン・ルース著、田沢恭子訳/草思社/2023年2月刊
文/前原政之

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