『理念と経営』WEB記事

不器用だから、人一倍やる!

東京五輪ボクシング女子フェザー級金メダリスト 入江聖奈 氏

東京五輪で日本人女子初の金メダルを獲得した入江聖奈さん。当時20歳だった彼女は「私はボクシングの才能とかないと思うけれど、努力し続ければ、きっと良い成果が出せる」と言った。なぜ努力し続けられるのか――その源泉を聞いた。

無駄な努力ではなく、目的に沿った努力を

あれから2年が過ぎようとしている。日本に過去最多のメダルをもたらしたTOKYO2020だ。

そのメダリストの一人、自然体で明るい笑顔が印象的な、カエル好きのアスリートを憶えている方も多いだろう。女子ボクシングの入江聖奈さんである。

2021(令和3)年8月3日、両国国技館で行われた女子フェザー級(57kg以下)の決勝。フィリピンのネスティー・ペテシオ選手を5-0の判定で破り、金メダルを獲得した。

象徴的な言い方をすれば、彼女は、女子ボクシングで五輪の金メダルに輝いた日本人で初、そして唯一の人物ということになる。

日本体育大学の3年生、まだ20歳だった。誰もが、次のパリ五輪での連覇を期待した。ところが、彼女は引退を表明して、カエルの研究という道に進むことを決めた。

じつに鮮やかで潔い転進である。

聖奈さんは、言う。

「いろいろすり減らしながらつかんだ金メダルだったので……。あのときのような緊張感に、もう1回耐えられるかというと、それだけのキャパはもう私にはないなと思ったんです。それにパリ五輪のとき、私は24歳です。次の進路のことなどを考えると、ボクシングは大学4年生で区切りをつけるのがベストだなと思いました」

世界のトップアスリートがそうであるように、彼女もまた目標に向かって常に自分を突き動かすひたむきな情熱とともに、自らを客観的に見るクレバーな視点を持っているのだった。

トークショーなどで子どもたちに話をするときも、聖奈さんは「しっかり考えて努力をすれば、夢は叶うよ」と、いつも言うそうだ。

「無駄な努力ってあるじゃないですか。やっぱり夢に近づくには目的に沿った努力をすることが大切だと思うんです。それには、まず考えること。しっかり考えて努力できる人はとても魅力のある人だし、その過程で身についたものは、結果的に違う道に進むことになっても絶対に生きてくると思うので……」

ガムシャラに努力するのではなく、なによりまず考えること。そういう習慣を身につけてほしいと思っているのだ。

「ここが人生の分岐点」恩師に教わった生き方

ボクシングとの出合いは小学2年生のことだった。母親の本箱にあったマンガ『がんばれ元気』(小山ゆう作)を、偶然手に取って読んだ。

主人公である少年・堀口元気がプロボクサーだった父の果たせなかった夢、世界チャンピオンを目指して成長していく物語である。

「元気のボクサーとしての生き様がかっこよくて、すごく憧れたんです」

自分もボクシングをやりたいと思った。しかし、恥ずかしくてなかなか言い出せなかったという。

「3カ月くらい『がんばれ元気』でフォームとかを見ながら、こそこそ一人で練習をしていました」

思いきって両親に話すと、母は渋ったが父は喜んで家から通えるボクシングジムを探してきてくれた。それが米子市(鳥取県)で唯一のジム、伊田武志会長が指導するシュガーナックルボクシングジムだ。

「最初はずっと基礎練習をやるんです。ボクシングの基本をなかなか覚えられず、パンチのフォームも固められませんでした。何度も辞めたいと思いました」

3年生になって初めてスパーリングをした。中学生の男子が膝立ちになって相手をしてくれた。ジムには、彼女以外女子はいなかったのだ。

ボコボコにされた。悔しくて根っからの負けず嫌いに火が点いた。男子を見返してやる! と、どんどんボクシングにのめり込んだという。徹底して反復練習をやり、ジャブやワンツーといった基礎動作を覚え込んでいった。

そんな聖奈さんを、伊田会長は「運動音痴でセンスもなかったけど、サボらず地道に練習する選手だった」と評する。彼女自身、自分が不器用なのはよくわかっていた、と言う。

「不器用だからこそ人より余計にやらなければいけないと、コツコツ練習を頑張れたんだと思っています」

やがてジュニアの試合に出るようになった。伊田会長は試合の度に「この勝敗で人生が変わる」「ここが人生の分岐点だ」と言い続けてきたそうだ。

「会長の言葉は、いまも残っています。いつも、この行動一つで人生が違う方向に行くかもしれないと意識して動くことで、広い視野を持つことができたと思っています」



シュガーナックルボクシングジムのスタッフと生徒たち。聖奈さんの左隣にいるのが伊田武志会長(中央)だ。その横では木下鈴花さん(中央左)が微笑む

取材・文 鳥飼新市
写真提供 株式会社クリエイティブサポート


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年 6月号「僕らがどう生きるか」から抜粋したものです。

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