『理念と経営』WEB記事
編集長が選ぶ「経営に役立つ今週の一冊」
第57回/『田坂広志 人類の未来を語る――未来を予見する「12の洞察」』

ジャック・アタリも絶賛した未来論
田坂広志先生(「シンクタンク・ソフィアバンク」代表)には、『理念と経営』にも折々にご寄稿・ご登場いただいています。
熱心なファンも多い方で、私は『理念と経営』で取材した中小企業経営者から、「憧れの田坂広志先生と同じ号に載せていただいて、すごくうれしいです」と感謝されたこともあります。
すでに100冊を超える著書を持ち、ベストセラーも多い田坂先生ですが、今回紹介する最新作『田坂広志 人類の未来を語る』は、その中でも今後代表作の一つになるであろう一冊です。
「はじめに」には、この本が生まれた経緯が記されています。それによれば、きっかけとなったのは、あのジャック・アタリ博士からのメールであったそうです。
ジャック・アタリ博士といえば、ミッテランなどフランス歴代大統領のブレーンを務め、「欧州最高の知性」とも呼ばれる人物です。その彼が、田坂先生の著書『未来を予見する「五つの法則」』(光文社)の英訳版を読んで感銘を受け、「もっと詳しく話が聞きたい」とメールしてきたのだとか。
田坂先生はその要請に応え、アタリ博士に対して、2021年4月からの1年間、毎月1つのテーマを決めて「メールによる英語での連続レクチャー」を行いました。
12のテーマから成るその連続レクチャーをベースにしたのが、本書なのです。
書籍化に当たっては、アタリ博士に感銘を与えた『未来を予見する「五つの法則」』も、加筆修正をした上で丸ごと併録されています。
本書は全3部構成で、400ページを超える大著です。
そのうちの第1部「未来を予見する『十二の洞察』」は、アタリ博士への連続レクチャーをベースにした内容。第2部「『未来を予見する「五つの法則」』は、同名著作の加筆修正版です。
第3部「人類が直面する『五つの危機』」は、短い論考ながら、いま世界が直面する複合的な危機にどう処していけばよいかが語られています。第1部、2部では主に「希望の未来」を論じていた田坂先生が、逆に“未来への不安”に応えた内容とも言えるでしょう。
そのように、いわば3段構えで人類の未来を語った、壮大な試みの一書なのです。
弁証法に基づく「大局的な予見」
『人類の未来を語る』といっても、「予言」のたぐいではないことはいうまでもありません。
そもそも田坂先生は、“未来については「具体的な予測」をすることはできないが、「大局的な予見」をすることはできる”と考える立場。つまり、本書で語られる未来は、あくまでも「大局的な予見」であり、世界の趨勢・メガトレンドについての洞察なのです。
「大局的な予見」のために田坂先生が用いる武器が、「弁証法」です。ドイツの哲学者ヘーゲルの歴史学や論理学の根底にある思考法ですが、ここでは詳しくは割愛します。
ヘーゲルの弁証法から抽出した、次の「五つの法則」が本書の核となっています。
1.「螺旋的プロセス」による発展の法則
2.「否定の否定」による発展の法則
3.「量から質への転化」による発展の法則
4.「対立物の相互浸透」による発展の法則
5.「矛盾の止揚」による発展の法則
《これらの法則を用いるならば、見事なほど、
様々な物事の未来を予見できることから、
筆者は、これまで上梓した様々な著書において、
これら「五つの法則」を用いて、未来を予見してきた》
……と書く田坂先生は、本書でも「五つの法則」を自在に駆使して、「大局的な予見」を重ねていきます。
「ヘーゲルの弁証法」などというと、いかにも難しそうですが、具体例を挙げつつ噛み砕いた説明がなされるので、本書の記述は平明です。
たとえば、《「対立物の相互浸透」による発展の法則》とは、《対立し、競い合っているもの同士は、互いに相手の主張しているものを取り入れ、融合していく》ということ。その法則によって、本書では宗教と科学が融合していく未来などが予見されています。
科学・政治・経済・アートなど縦横無尽に
本書の第1部では、《このパンデミック後の世界は、どこに向かうのか》、《「人工知能革命」は、何をもたらすのか》、《「経済」の未来は、どこに向かうのか》など、12のテーマが掲げられます。各テーマに沿って、田坂先生が洞察された未来が語られるのです。
そして第2部では、弁証法的思考によって未来を予見するための方法論が開陳され、先に挙げた「五つの法則」の詳しい解説がなされます。
本書に予見された未来はどれも、深く得心のいくものばかりです。
たとえば、AI(人工知能)の進歩がもたらす社会の激変が大きなテーマになっていますが、田坂先生の見方は中庸で極論に走らず、安直な「AI脅威論」にも、過度に楽観的な空論にも陥っていません。それでいて、ハッとする卓見に満ちているのです。
AIは《人間が最も高度な能力を発揮する舞台を支える技術》であり、《「人間の意識を進化させるアクセラレータ」》だとする田坂先生のAI論は、示唆に富み、一読の価値があります。
そして、『人類の未来を語る』というタイトルにふさわしく、科学・政治・経済など、幅広い分野の未来が縦横無尽に語られています。資本主義の未来、民主主義の未来、アートの未来など……。
世界を鷲づかみにするような壮大なスケールと、読後には世界の見え方が変わるような深い洞察を併せ持つ書です。
企業経営の未来も見据える
書物の性質上、本書は経営者が読んでも、“明日の仕事にすぐ役立つ”というものではありません。それでも、私はあえて、中小企業経営者に本書を薦めたいと思います。
なぜなら、世界が進む趨勢を大局的に理解することや、未来を予見する方法論を知ることは、日々の経営判断にも好影響を与えるはずだからです。
また、本書の随所には、ビジネスや企業経営の未来を見据えた卓見もあります。
たとえば、《「対立物の相互浸透」による発展の法則》を用いて、今後《「経済」のパラダイム転換》が起きることが予見されています。
それは、「ボランタリー経済」が復活し、従来の「マネタリー経済」と融合することによって、「新たな経済原理」が生まれるという見立てです。
そして、その「新たな経済原理」がビジネスをどう変えていくかも、詳述されています。
そのような“大局的未来図”を知っているか否かによって、今後の事業計画や、会社として掲げるビジョン、ひいては日々の経営判断も、おのずと変わってくるはずです。
一度ならず何度も読み直して、中小企業経営者が“心の血肉”としていくべき一冊と言えるでしょう。
田坂広志著/光文社/2023年3月刊
文/前原政之
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