『理念と経営』WEB記事

自社ならではの強みを イノベーションの起点に

カゴメ株式会社 代表取締役社長 山口 聡 氏  ✕ 早稲田大学名誉教授 内田和成 氏

124年の歴史を持つカゴメ株式会社が、祖業である「トマトの会社」から「野菜の会社」へと変貌を遂げている。野菜の力で社会貢献をしていく会社に――。この目標の実現に向けた数々の施策とイノベーションは、これまで脈々と受け継がれてきた同社のDNAに根付いている。“進化する老舗”が描く競争戦略の核心に、経営学者・内田和成氏が迫る。

「コア・コンピタンス」から離れてはいけない

内田 カゴメさんはいま、「トマトの会社」から「野菜の会社」への転換を進めておられますね。企業がドメイン(活動範囲や競争領域)を変えたり広げたりする場合、顧客に向けて進む方向を指し示す要素と、社内向けのベクトル合わせとして行う要素の両方があると思います。どちらが強かったんでしょう?

山口 2013(平成25)年から2年連続で減益になったんです。そこから始まった転換なので、社内向けの要素が強かったと思います。当時の寺田(直行)社長が、「三期連続の減益はあり得ない。ここからどう変わるかだ」と、強い口調で言われたことを覚えています。その議論から生まれたのが、2025年までに「野菜の会社」に変わるという長期ビジョンでした。

内田 私は御社について、「真面目で、科学的な取り組みをしている会社」という印象を持っています。一方では失礼ながら、「おとなしすぎて、あまり変わらない会社」というイメージもありました。

山口 そうしたイメージとは裏腹に、これまでもけっこう大胆に変わってきたんですよ。1980年代には、「総合食品メーカーを目指す」と言っていた時期もあるくらいです。当時はトマトからも離れて、焼き肉のタレとか炭酸飲料とか、何でもやりました。ただ、カゴメ本来の強みから離れすぎたため、多角化による売上増はやがて頭打ちになりました。その経験で学んで、野菜という枠の中で広げて、掘り下げようとしているのが、いまの段階です。

内田 経営学で言う「コア・コンピタンス」から離れてはいけないということですね。例えば、国内の飲料メーカーでは日本コカ・コーラが圧倒的に強いわけですが、その強さはコカ・コーラという「アンブレラ・ブランド」(傘のように、ブランド群の上位にあってまとまりを与えているブランド)をコアとして持つからこそです。御社の場合はそのコアがトマトであるわけですね。
キユーピーのマヨネーズ、キッコーマンの醤油、御社のトマト……そういうコアを持っていることは、強みであると同時に、消費者のイメージがそこから広がりにくいという弱みにもなります。「トマトから野菜へ」のシフトは、いま何合目くらいですか?

山口 いまでも「カゴメはトマトの会社」というイメージの方が多いですから、まだ5合目までも達していないと思います。

培ってきた「加工形態の多様さ」「垂直統合の徹底」という強み

内田 何のために「野菜の会社」に変わるのかということですが、「野菜の力で社会貢献をしていく」という目標があるようですね。

山口 はい。2016(同28)年に寺田前社長が打ち出した長期ビジョンです。「健康寿命の延伸」「農業振興・地方創生」「持続可能な地球環境」という3つの社会課題解決への貢献を、目標に掲げています。
例えば、野菜をたくさんとれば健康になることは、世界中で研究され、確かなエビデンスがあります。消費者にたくさん野菜をとってもらうことで、健康寿命の延伸に貢献できるわけです。

内田 私は以前、キユーピーの社外取締役もやっていたのですが、あそこも「野菜のキユーピー」を標榜していますね。そのように他社も野菜に力を入れている中で、御社ならではの強みはどこになりますか?

山口 一つは、加工形態の多様さです。ジュースもやれば調味料もやり、冷凍食品もやり、生鮮野菜も売っています。野菜をこれほど多彩に展開している会社は他にありません。私どもには、カゴメが調味料メーカーだとか、飲料メーカーだという意識は希薄なのです。トマトならトマトを「どう展開しようか?」と考えてきただけで、メーカーとしてのカテゴリーは意識していません。

内田 カテゴリーではなく、原料としての野菜が起点になっているわけですね。

山口 はい。それと、強みをもう一つ挙げるなら、野菜を作る農家からの垂直統合でずっとやってきた点でしょうか。

内田 だいぶ前に、4代前の伊藤(正嗣)社長にお話を伺ったことがあります。そのときに驚いたのは、まさにその垂直統合の徹底ぶりでした。野菜作りを種子の開発レベルからコントロールしているとか、植物工場でトマトを作るとか、契約農家に対しては全量買い取りの契約をして、互いにWin-Winになるように配慮しているとか……。そこまでやるのかと感服しました。
カルビーは、ポテトチップスなどの原料を作る北海道のジャガイモ農家と、密接な関係を保っていますね。だからこそジャガイモの質が担保されるし、景気や作柄に左右されずに安定供給ができる。御社もそれと同じ強みを持っているという印象です。

山口 そうですね。とくにいまは気候変動などの影響も深刻で、原材料の安定調達は頭の痛い問題です。農家と緊密な関係が築けていると、いざというときに頼りになります。

内田 その関係は、長期ビジョンの「農業振興」への貢献にも深く関わってきますね。

山口 はい。日本の農家は高齢化と後継者不足が深刻ですから、一緒に課題を解決できるようにさまざまな働きかけをしています。例えば、弊社には契約農家さんと相対する専門部署があります。その部署が農家に栽培指導やコンサルティングをやったり、個人農家の農業法人化をサポートしたりしています。

内田 垂直統合の取り組みを、いろんな仕組みでやっていらっしゃることがよくわかりました。
お話を伺って思い出したのは、米国のサイモン・シネック(作家・コンサルタント)の「ゴールデンサークル理論」です。「Why」(なぜそれをするのか)、「How」(どうやってするのか)、「What」(何をするのか)の3つのうち、従来のマーケティングは「What」と「How」―「こういう商品を作りました」とか「こうやって売っていきます」ばかりを重視していました。

しかし、いまの消費者や社員にとっては「Why」―「なぜそれをするのか?」という目的・動機の説明こそが最も重要だから、「Whyから始めよ」とシネックは言います。つまり、輪の中心に「Why」を据えることで、人も組織も動くし、モノやサービスも売れるという考え方がゴールデンサークル理論なのです。
御社はいま、「野菜を通じて人々を健康にし、社会貢献する」という、より上位概念の目的を掲げることで、まさに「Why」を中心に据えた……そのような理解でよろしいですか?

山口 対外的にはそこまで明確に話していませんが、われわれとしてはそういう方向を志向しています。

全階層の女性比率50%を目指す背景とは?

内田 私がやっている「内田塾」という学びの場に、御社の女性社員が毎年のように来られます。皆さん、とても優秀です。そうした姿を拝見して、「女性が活躍している会社」というイメージを抱いていました。

山口 ありがとうございます。2025年のありたい姿を経営層で議論したときにも、女性活躍はテーマの一つでした。その一環として、いまは2040年頃までに社員から役員までの女性比率を50%に引き上げることを目標に掲げています。

構成 本誌編集長 前原政之
撮影 中村ノブオ


この記事の続きを見たい方
バックナンバーはこちら

本記事は、月刊『理念と経営』2023年 6月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

理念と経営にご興味がある方へ

SNSでシェアする

無料メールマガジン

メールアドレスを登録していただくと、
定期的にメルマガ『理念と経営News』を配信いたします。

お問い合わせ

購読に関するお問い合わせなど、
お気軽にご連絡ください。