『理念と経営』WEB記事

海の生態系を“移送”する アクアリウムで描く未来

株式会社イノカ 代表取締役CEO 高倉葉太 氏

Innovate + Aquariumで「Innoqua」――それが、社名の由来だ。サンゴをはじめ、さまざまな海洋環境をそのままアクアリウムの中に再現する「環境移送技術」で注目を集めるイノカが、世界を変えると確信する海洋資源の「価値」とは――。

生物の多様性の象徴――サンゴの持つ可能性

東京・虎ノ門にあるイノカのオフィスは、まるで水族館のバックヤードのようだ。まず目に飛び込んでくるのは、フロアの真ん中にある横幅1.5メートルほどの水槽。色鮮やかなサンゴが生き生きと息づいており、その間を熱帯魚が優雅に泳いでいる。他にも海ぶどうを栽培する水槽や、東京湾のヘドロ環境を再現した水槽もある。

同社のCEOである高倉葉太さんはそれらの水槽を見ながら、「サンゴをアクアリウムで飼うことはとても難しいんです」と言う。

環境に敏感なサンゴは、水質や環境が変化すると、すぐに弱って色合いも悪くなる。沖縄などの海でサンゴが死に、白化した様子を見たことがある人も多いだろう。

「繊細な生き物であるサンゴを育てるためには、水温はもちろん、カルシウムやマグネシウムなど、水の中に溶け込んでいる化学物質のパラメーターを調整し続けなければなりません。この水槽ではAIとセンサーを使って、そのための環境を常に維持しているんです」

そう言って水槽の斜め上にあるモニターを点けると、そこには水槽内の水質や比重(1気圧4度の純水と比べた場合の海水の重さ)などの状態を表す数値が映し出された。これこそが同社のコア技術「環境移送技術」で、ここでは沖縄のサンゴ礁の海の環境をアクアリウムの中に再現しているという。そのために調整しているパラメーターは約30個にものぼるそうだ。

イノカの「環境移送技術」はその言葉通り、海の環境を水槽の中に再現するものだ。同社はこの技術によって、従来は6月に産卵するサンゴを2月に産卵させることにも成功している。それほどまでに、サンゴの生きる環境や移ろいゆく季節を自在に変化させることができる、というわけである。

「サンゴは海の中において、まさに“生物の多様性の象徴”といえる生き物なんです。サンゴ礁は海洋全体のわずか0.2%の面積に過ぎませんが、そこには海洋生物のうち25%が暮らしているのです」

サンゴ礁には波から沿岸を守る機能もあり、その経済的価値は約80兆円にものぼるという。

水槽を売るのではなく、水槽の“価値”を売る

イノカは環境移送技術を用いた水槽の販売などを通して、「のこす」「ひろめる」「いかす」を事業のテーマにしている。サンゴ礁の環境を守り、その成果を子ども向けの環境教育のプログラムによって伝えていく。そして、同社のアクアリウムは水族館や海洋生物の研究にも用いられる――という意味だ。

「これまで、研究者がサンゴ礁を研究する際は、沖縄などの現地の海に行かなければなりませんでした。しかし、環境移送技術を用いた水槽があれば、実験室の中でさまざまな調査ができるようになります」

また、「一般企業の研究所も、SDGsの観点から弊社の水槽を活かすことができる」と彼は続ける。たとえば、化粧品会社なら、海水に溶けてもサンゴに影響を与えないような、環境に優しい成分の研究に環境移送技術が役立つ――といった形だ。

「いま、世界では脱炭素の動きが進んでいますが、地球を汚すのは炭素だけではありません。人が作って流すマイクロプラスチック、日焼け止めクリームやタイヤのゴム、工場の排水……。そうした海を汚し、生き物を殺してしまいかねない取り組みを、企業は責任をもって開示しなければならないという動きが進んでいるわけです。その研究を行う上で、私たちの環境移送技術が役に立つはずです」

そんな中、同社が今後、一つの目標としているのが、海や川、沼の多くの環境を再現した水族館をつくることだ。

「いわばさまざまな水の中の環境を再現したデータセンターのイメージです。その意味で、私たちの事業は単に水槽を売るのではなく、『水槽というものの持つ価値』を提供していくというものなんですね」



イノカが構想する“未来の水族館”。最先端の科学を集結させ、社会問題の解決や生き物の絶滅の阻止などに活用する(写真提供 株式会社イノカ)

取材・文 稲泉連
撮影 編集部


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年 5月号「スタートアップ物語」から抜粋したものです。

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