『理念と経営』WEB記事
その道のプロ
2023年 5月号
自然に魅せられ、“本質”を写し撮る

自然写真家 高砂淳二 氏
世界各国を巡って自然が見せる一瞬の美しさを、30年以上も撮り続けてきた高砂淳二さん。昨年10月には、自然写真の世界最高峰「Wildlife Photographer of the Year」の自然芸術部門で日本人初の快挙となる最優秀賞を受賞した。写真家としての流儀と写真に込める思いを聞いた。
忍耐と偶然が招いた『Heavenly Flamingos』
高砂淳二さんの写真を観ていると、地球は本当にキセキのような星なんだなという感慨が湧いてくる。
満月の夜に浮かぶ丸い虹、淡く緑に光るオーロラ、荒海でサーフィンを楽しむイルカの群れ、愛くるしいホッキョクグマの母子……。これらの写真には大自然の多彩な姿や生物たちの勇壮な姿、微笑ましい姿が切り取られている。
すべては、高砂さんの忍耐と希有な偶然が招き寄せた、その瞬間の地球の表情なのである。
今回の受賞作『Heavenly Flamingos』も、そうだ。南米ボリビアの「天空の鏡」と呼ばれるウユニ塩湖で、十数羽のフラミンゴが一列に並び羽根を休めている写真である。湖に青い空が映り、フラミンゴが宙に浮かんで並ぶ不思議な線対称の風景が見事に切り取られている。
「空が湖面に映る世界を撮りたくてウユニ塩湖に通っていたんです。このときたまたまフラミンゴが思い思いの格好をして湖でくつろいでいました」
まわりの雲や光、水面の反射具合も完璧だった、と高砂さんは話す。
そこにできたハーモニーをそのまま撮りたいと慎重に慎重に2時間くらいかけて近づいた。標高3700メートル。空気が薄く、しゃがむだけで頭が痛む。そんな中で切り取った一枚だ。
「どんなに何気ない場所にも素晴らしいもの、きれいなシーンがいっぱいあるんです。それを見つけるには心をいつも開いていて、何かあったときにはちゃんと感じられるようにしておかないといけない。大事なのは、頭が凝り固まらないようにすることです」
優しい眼差しで、高砂さんはゆっくりとそう言うのだった。
高砂さんが撮影したホッキョクグマの母子(@JUNJI TAKASAGO)
被写体とつながり、素の良さを引き出す
生まれは宮城県の石巻である。家から5分も歩けば海で、近所には水産加工場がたくさんあった。
大学時代、ワーキング・ホリデーでオーストラリアに行った。世界最大の珊瑚の海であるグレート・バリア・リーフで泳いだとき、人生が決まった。
「石巻の海は食べる海でした。ここは180度違い見るための美しい海で、こんな海があるのかと、たまげました」
ダイビングのライセンスを取った。海の中はもっと美しかった。水中カメラマンという職業があることも知った。
「自分もカメラでこの美しさを “絵”にしてみたいと思ったんです。そんな一生を送れたら楽しいだろうなって」
日本に戻り、独学でカメラや撮影技術を学んだ。大学を卒業するとダイビング専門誌の専属カメラマンになり、その3年後、1989(平成元)年に独立した。27歳だった。やがて、海中だけでなく、自然や生物全般を被写体にするようになった。
若い頃は、少しでもいい写真を撮りたいと思い、こう撮ろう、ああ撮ろうとレンズに何枚もフィルターをかけたり、照明をいろいろ変えたりと技術的な試行錯誤を繰り返してきた。だが、だんだん“それは違うのではないか”という疑問が膨らんできた、と言うのだ。
「技巧を重ねれば重ねるほど自分が出てしまい、被写体の本質を隠す結果になると思うようになったんです」
もっとじっくりと対象と向き合おう。学生時代から武道が好きで、卒業後も合気道を続けてきた。武道でいう「気」の働きを被写体と対峙したときに使えないかと考えた。
「自分の気を分散させたり、気を抜いたり、意識してつながる感じを出したりすると、動物などは面白いように反応してくれるんです」
そんなとき、ハワイのマウイ島で1カ月ほど過ごすことになった。2000(同12)年の夏のことだ。そのとき、ハワイ古来の自然治療を伝承するカイポさんと出会い、のちに先祖の神殿を守るアカさんと親しくなった。
彼らから聞いた話が、大きな転機になった。被写体をリスペクトして、無心になって近づいていくという、高砂さんのスタイルが出来上がったのだ。
高砂さんが使用する水中カメラ(左)と陸上カメラ(右)
取材・文 鳥飼新市
撮影 鷹野晃
本記事は、月刊『理念と経営』2023年 5月号「その道のプロ」から抜粋したものです。
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