『理念と経営』WEB記事

第48回/『給料が上がらないのは、円安のせいですか?――通貨で読み解く経済の仕組み』

「基本のキ」から学び直す経済入門

永濱利廣さん(「第一生命経済研究所」首席エコノミスト)といえば、マクロ経済解説に定評があり、マスコミにも引っ張りだこの人気エコノミストです。

『理念と経営』でも、長く続いている連載「指標に『未来』を見る」で、読者の皆さんにすっかりおなじみでしょう。今回は、その永濱さんの新著を紹介します。

『給料が上がらないのは、円安のせいですか?』というタイトルですが、それに即した内容になっているのは、「はじめに――円安のせいで、景気が悪いんですか?」のみ。以後の各章は、円安と給料の話に終始しているわけではありません。為替の話を軸に、幅広い経済の仕組みが解説された一冊なのです。

その意味で、副題の「通貨で読み解く経済の仕組み」の方が、内容の的確な要約になっています。ただ、それをメインタイトルに据えたらちょっと地味なので、一般読者の関心が高い「給料」と「円安」をアイキャッチとするため、このタイトルが必要だったのでしょう。

表紙にも登場する、29歳の飲料メーカー営業マン・円やすおが、本書のもう一人の“主人公”です。

やすおは「『日経新聞』を読んでもわからない人」――すなわち、基礎レベルの経済知識も持っていない人という設定。その彼に、著者の永濱さんが経済の「基本のキ」からレクチャーしていくという体裁で、本が構成されています。
つまり、やすおは“経済のことがよくわからない読者の代表”という役割を担うわけです。

「そもそもの話、円高・円安ってなんなのか、イマイチよくわかりません」「まず、インフレって何でしょうか?」……そのような、「えっ、そこから?」という感じの質問を繰り出すやすお。それに対して、永濱さんは的確な喩えなどを駆使しつつ、中学生にもわかるくらい噛み砕いて解説していきます。

私はそれらの解説を読み、「わかっているつもりでいたが、じつはよくわかっていなかった」と感じる点が多々ありました。元々経済に造詣の深い人はともかく、そうではない一般人にとって、本書は“「基本のキ」から学び直す経済入門”として有益でしょう。

わかりやすいが、内容は濃い

全5回の講義は、それぞれ次のようなテーマとなっています。

1限目 為替の「基本のキ」を学ぼう――円高・円安「結局、どっちがいいの!?」
2限目 「金利と為替」の関係――円高・円安ってどうやって決まる?
3限目 「物価と為替」の関係――物価が上がらなければ、給料も上がらない!
4限目 「世界の通貨」と地政学――国際情勢の変化で為替は動く
5限目 為替相場を動かす「経済指標」の読み方――市場を読むなら「ここ」を見よ

各講義の中に、《Q.何をもって通貨の安全性を判断できるの?/A.通貨の安全性は、3つの指標で判断》などというQ&Aが組み込まれ、やすおと永濱さんのやりとりによって、その答えが明かされていきます。

Q&Aは全体で39問用意されており、講義を重ねるにつれ、ごく初歩的な問いから高度な問いへとステップアップしていきます。
そして、第5講を終えるころには、やすおは「為替相場を動かす『経済指標』の読み方」が一通りわかるくらいまで成長しているのです。

『日経新聞の読み方』とか、『経済指標の読み方』というたぐいの経済入門書は、これまでにも数多く刊行されています。が、管見の範囲では、本書ほどわかりやすいものはほかにありませんでした。

全編にやすおと永濱さんの顔イラストが添えられ、随所に図やグラフが挿入されるなど、本の作りにもわかりやすさへの配慮が幾重にもなされています。
そのため、一見すると軽い読み物のようにも見えますが、中身は本格的で濃密な経済入門です。

前著『日本病』とも響き合う内容

当連載でも以前取り上げた永濱さんの前著『日本病――なぜ給料と物価は安いままなのか』(講談社現代新書/2022年5月刊)は、バブル崩壊以来30年以上にわたって、日本で低所得・低物価・低金利・低成長の「4低」が続いている要因を分析した内容でした。

同じ著者の本なので当然ですが、本書にも『日本病』と響き合う部分が多く、2冊を併読すればいっそう理解が深まるでしょう。

永濱さんらしさが特に感じられるのは、円安のプラス面にも目を向けている点です。
円安が進み、“「安いニッポン」にした元凶は円安にあり”などと言われることも多い昨今。その中にあって、永濱さんはマスコミで一貫して、“日本経済低迷の原因は、「円安だから」だけでは説明できない”と主張し続けてきたのです(もちろん、円安にマイナス面もあるのは当然ですが……)。

中小企業経営者にも必要な「金融リテラシー」

版元のPHP研究所は、本書に次のような内容説明をつけています。

《経済の仕組み、お金の流れについて学び直したい! 投資、ローン、資産形成で損したくない! そんな人たちにおくる、金融リテラシーが上がる1冊です》

読者として第一に想定されているのはそのような人たちであるわけですが、加えて、中小企業経営者にも一読をすすめたいと思います。
金融リテラシーは投資や資産形成にだけ必要なのではなく、経済の先行きを見通し、それを経営に活かすための知恵でもあるからです。

本書を読めば、中小企業が置かれた現状についても理解が深まるでしょう。
たとえば、《一般に大企業は円安の恩恵を受けやすく、中小企業が円安のダメージを受けやすい側面があります》と指摘され、その理由が解説されたくだりがあります。

また、“ロシアのウクライナ侵攻が始まって以降も、意外にルーブルが強いのはなぜか?”とか、「中国が台湾に攻め込むようなことがあれば、為替市場にはどんな影響が?」など、国際情勢と通貨や景気の関係について解説したくだりも、随所にあります。

たとえ事業の海外展開をしていなくても、グローバル経済の影響を大なり小なり受けざるを得ないのが、企業経営です。本書を熟読すれば、中小企業経営者が経済を見る目も磨かれ、それは日々の経営にも活きるでしょう。

《最後に、ニュースがわからないと感じるたびに、本書を開いてみてください。何度も読むことで、知識から「使える武器」へと変わります。それまで、本書があなたの本棚に残り続けることを祈ります》

「おわりに」の末尾――つまり“結びの言葉”として著者がそう言うように、折にふれ何度も読み返す価値のある、第一級の経済入門です。

永濱利廣著/PHP研究所/ 2023年1月刊
文/前原政之

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