『理念と経営』WEB記事
編集長が選ぶ「経営に役立つ今週の一冊」
第46回/『シン・製造業――製造業が迎える6つのパラダイムシフト』

日本を支えてきた製造業が大きな岐路に
『シン・○○○』という形のタイトルは、2016年にメガヒットした映画『シン・ゴジラ』が先鞭をつけて広まりました。単なる「新・○○」ではなく、「真」「神」などの同音異義語のニュアンスまでも含ませるため、あえてカタカナ表記にしたものでしょう。
『シン・ゴジラ』の生みの親(脚本・総監督)・庵野秀明氏はその後も『シン・ウルトラマン』などの作品を手がけていますし、ビジネス書の世界でも、ベストセラーになった『シン・ニホン』(安宅和人著/NewsPicksパブリッシング刊)のような例が見られます。
今回取り上げる『シン・製造業』の「シン」にも、「新」だけではない多様なニュアンス(たとえば「進化」の「進」など)が込められているのでしょう。
製造業は、日本のGDP(国内総生産)のおよそ2割を占める基幹産業です。
しかし、日本経済を支えてきた製造業はいま、大きな岐路に立たされています。生産拠点の海外展開や、少子高齢化による人手不足などという従来からの危機に加え、コロナ禍以降顕著になったデジタル化の遅れも、重い足枷となっているからです。
これまでとまったく違う形に「進化」していかなければ、日本の製造業は生き残っていけない――そんな危機感を、製造業の経営者たちは大なり小なり抱いているでしょう。
では、どう変わっていけばよいのか? その問いに一つの答えを提示してくれるのが、この『シン・製造業』なのです。「はじめに」には、次のような一節があります。
《日本の製造業が元気を取り戻すためには、従来の概念とは異なる新しい形の製造業にトランスフォーム(変容)しなければなりません。本書では、そのような新しい形の製造業を「シン・製造業」と定義し、そこにアプローチするための手法を考察し、実践するためのヒントを説いています》
製造業の現場を熟知した著者の視点から
著者の寺嶋高光氏は、「株式会社ISIDビジネスコンサルティング」の代表取締役社長。これまで、製造業へのコンサルティング業務を数多く経験してきた人です。
《特に、IoTやデジタルテクノロジーを用いた、製造業の事業戦略及びコーポレート戦略立案、バリューチェーン革新等によって業績を改善させた数々の実績を持つ》(「著者略歴」)といい、本書に説かれた“「シン・製造業」への変革”は、まさに著者がコンサルティングで実際に行ってきたことにほかなりません。
製造業の現場を熟知した立場からの実践的アドバイスが、本書にはギュッと詰め込まれているのです。
製造業の「いま」と「未来」を概観
全4章構成。そのうちの第1章では、いわゆる「第4次産業革命」(IoT、AI、ビッグデータ、ブロックチェーンなどをコア技術とした産業界の革命)が製造業にもたらす激変が概説されます。
続く第2章では、そのような激変が進むなか、日本の製造業が世界の中で置かれた「現在地」が示されています。
《日本の製造業は 30 年間停滞してしまっていること》や、《デジタルテクノロジー活用が大企業中心であり、中小企業まで広がっていない》現状などが解説されています。
日本の製造業は現在のところ、「第4次産業革命」に大きく乗り遅れており、世界で取り残されかねない――そんな危険性が示されているのです。
そして、第3章ではいよいよ、その遅れを取り戻して「シン・製造業」に変わっていくための具体的アプローチが論じられます。
そこでは、「シン・製造業」とはどのような企業を指すのかが、「コーポレート戦略」「バリューチェーン戦略」「新規事業戦略」「DX戦略」の4要素に分けて、一つずつ解説されています。
一例を挙げれば、「デジタルツイン」と呼ばれる、《リアル空間の事象や情報をデジタルデータとして取得し、デジタル空間上に同じ世界を再現する》シミュレーション技術を駆使した、製造工程の革新例が紹介されています。
《これにより、リアル空間上では容易にテストできないことが、デジタル空間上でシミュレーション可能になります。
たとえば、工場内の製造ラインの構成を大がかりに変更する場合、まずは仮想空間の製造ラインでシミュレーションをし、必要な時間、工数、トラブルといった事象を再現しながら試行錯誤が可能です。そうすることで、最短距離で全体最適化を実施することも可能です》
確かに、そのようなことができれば「シン・製造業」と呼ぶにふさわしいでしょう。
最後の第4章では、3章で説明された「シン・製造業」のお手本として、日本企業の先進的取り組みが紹介されます。
例として挙げられるのは、ファーストリテイリング、味の素、ブリヂストン、トプコン(光学機器メーカー)、アシックスの5社。いずれも堂々たる大企業であり、中小企業がおいそれとは真似できない相手ではありますが、目指すべき「シン・製造業」の理想形が示されているのです。
中小企業こそ「シン・製造業」を目指せ
本書で解説された“「シン・製造業」への進化”は、平均的な中小企業の製造業者から見れば、かなりハードルの高いものに映るでしょう。
著者の寺嶋氏もそのことは重々承知のうえで、次のように述べています。
《一部には、「大企業だからできるのだ」という声も聞こえてきます。しかし、私は中小の製造業こそシン・製造業を目指して今すぐ動き始める必要があると思います。
多くの中小の製造業では、生産現場やバックオフィスなどのデジタル化すらままならない状況にあります。そのような現状にあってシン・製造業に脱皮するに足るデジタル化を進めるためには5年や 10 年といった時間が必要になるでしょう。
(中略)
中小の製造業こそ、社内のデジタル化と同時並行して海外の企業には真似のできない日本独自の価値を持ったビジネスを構築する必要があります。もちろん、トヨタやソニーが行っているような大規模な投資が難しいことは承知しています。
そこで、本書では既存の事業領域から切り離された小さい複数のシン事業の立ち上げを提案しています》
デジタル化を進めることで生まれる人員の余裕を、その《小さい複数のシン事業》に振り向け、《新しい収益源の萌芽を育て》るという方向性の提案です。
もちろん、それもハードルが高いことに変わりはありません。が、「自社を変革しなければ生き残れない」との危機感を抱く中小製造業の経営者にとって、本書の提言は大きなヒントとなるでしょう。
そして、製造業以外の分野の中小企業経営者にとっても、本書は一読の価値があります。ここに詳説された「第4次産業革命」の影響は、当然のことながら、すべての分野に及ぶ広範なものだからです。
寺嶋高光著/クロスメディア・パブリッシング/ 2022年11月刊
文/前原政之
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