『理念と経営』WEB記事
スタートアップ物語
2023年 2月号
日本発の技術で「地震犠牲者ゼロ」へ

株式会社Aster(アスター) CEO 鈴木正臣 氏
既存の建物に塗るだけで、震度7の揺れでも崩れない耐震塗料を開発した企業が日本にある。「人類を自然災害から解放する」というビジョンのもと、鈴木正臣さんが切り拓こうとしている未来とは――。
地震犠牲者の8割が「組積造」での被害
静岡県のJR沼津駅から車で約15分、幹線道路を少し入った住宅街に、建物の改修などの事業を行う株式会社エスジーという建築施工会社がある。2代目として約20年前に入社した鈴木正臣さんが、耐震材料を開発・製造するAsterを起業したのは2019(令和元)年のことだった。
小さな事務所の2階の一室で、さまざまな工作機械や材料に囲まれながら彼は言った。
「企業秘密のものも多いので、撮影は控えてくださいね」
Asterが開発する塗料「Power Coating(パワーコーティング)」は弾力性のある水性塗料で、塗るだけで建物に耐震性を持たせることができる。特に、「組積造」と呼ばれる構造物(レンガやブロックを積み重ねたもの)に強い効果を発揮するため、東南アジアやヨーロッパなどでも注目され始めている製品だ。積み上げたレンガやブロックに塗料がくっつき、揺れによる崩れを防止するからである。
例えば、昨年、フィリピン政府とJICA(国際協力機構)が共同で、同国の学校に使われている壁の耐震実験を行っている。茨城県つくば市にある日本最大の試験場での実験では、実際に現地から持ち込んだ壁とPower Coatingを塗布した壁を並べ、阪神・淡路大震災クラスの震度7の揺れを再現した。
その動画を見ると、「耐震塗料」という言葉の意味がよくわかる。前者の壁が脆くも崩れてしまったのに対して、後者はその激震にしっかりと耐えているからだ。
「フィリピンでは公共の建物の多くが手抜き工事で造られており、地震があると学校の建物などがこれまで簡単に壊れ続けてきたんです。フィリピンには耐震化が必要な教室が80万あります。そこで子どもたちが危険な状態で授業を受けているのが現状なんですね。政府もそのことを問題視しているわけです」
地震が日常的に起こる日本では、木造や鉄筋コンクリートを使った建物が普通だ。だが、実は世界では実に60%の建物が「組積造」で造られているという。読者の多くも海外での地震の報道に触れるとき、建物がいとも簡単に崩れ落ちてしまう様子を見たことがあるはずだ。
「私たちのミッションは地震犠牲者をゼロにすること。地震による犠牲者の80%以上が、『組積造』の建物での被害である世界の現状を変え、極端に地震に弱い建物を一つでも少なくしていきたい」
防災はコストではなくバリューと捉える
鈴木さんは1978(昭和53)年生まれ。幼い頃から工作やものづくりが好きで、父親の会社の事務所に置かれた工具が遊び道具だった。普段から自宅でも図面を引き、さまざまな製品や試作品を作る父の姿を見ながら育った。
小学3年生のとき、夏休みの自由研究で「燃えない家」を自分で作ったことがあった。期間中には壁までしか間に合わなかったと彼は笑う。壁の中に水の入ったビニール袋を挟み込み、燃やした際に自然と火が消えるというアイデアだった。
地元の高校を卒業後、鈴木さんは米国留学して航空宇宙工学を専攻した。だが、アメリカへの留学中に父親の体調の問題もあって家業に入る。99(平成11)年のことである。
彼が耐震材料の開発に関心を持ち始めたのは10年ほど前、知人に誘われて東大で都市震災の防災技術を研究する目黒公郎教授の研究会に参加したことだ。
エスジーでは鈴木さんが入社した当時、老朽化したコンクリート用の補強塗料を開発していた。そうした背景もあり、彼は東大で官民での『組積造』の補強技術の研究に関わるようになった。研究会で目黒教授が繰り返し語っていた「防災対策は『コスト』ではなく、『バリュー』(付加価値)として考えなければならない」という言葉は、その後の彼の基本的な考えとなっている。
「地震は起こるときは一瞬です。地震に対する意識の低い海外では、普段から意識せずに備えているものが、有事の時にも役立つということが必要だと思っています。『壁の塗り替え』と同時に耐震性を建物に持たせられる『Power Coating』は、まさにそのような製品だと捉えています。
特殊な機材を使わず、誰でも塗ることができる
取材・文 稲泉 連
写真提供 株式会社Aster
本記事は、月刊『理念と経営』2023年 2月号「スタートアップ物語」から抜粋したものです。
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