『理念と経営』WEB記事

第45回/『Web3とメタバースは人間を自由にするか』

世のメガトレンドを知るための必読書

『理念と経営』2023年2月号には、アスクル株式会社創業者の岩田彰一郎さん(現・株式会社フォース・マーケティングアンドマネージメントCEO)と、一橋ビジネススクール教授・楠木建先生の「巻頭対談」が掲載されています。

対談では、「Web3.0」(「Web3」)や「メタバース」についても言及されています。
また、楠木先生が《僕は、グーグルなどのいわゆる「ビッグ・テック」が他企業をどんどん買収して巨大化していく流れは、あと10年ぐらいで行き詰まるんじゃないかと思っています》と発言し、岩田さんも同意するなど、世間を賑わすIT関連の話題が取り上げられています。

そこで、その巻頭対談との併読をおすすめしたいのが、昨年(2022年)末に刊行されて話題を呼んでいる『Web3とメタバースは人間を自由にするか』です。

著者の佐々木俊尚さんは、ITなどテクノロジーの最新動向にも造詣の深いベテラン・ジャーナリスト。タイトルのとおり、Web3.0やメタバース、またビッグ・テックの動向などについての、興味深い論考です。

中小企業経営に直接関係のある記述はあまりないのですが、とはいえ、Web3やメタバース、ビッグ・テック(Amazon、グーグルなど、GAFA/GAFAMと呼ばれる超大手ネット企業の総称)について知らずしては、これからの企業経営は語れないでしょう。
世のメガトレンドを知り、それを大局的な経営戦略立案の一助とするためにも、必読と言える一冊です。

入門書ではなく、大局的思索の書

Web3やメタバースがそれぞれどのようなものなのかを解説した入門書は、いまや世にあふれています。それに対し、本書はタイトルとは裏腹に、Web3、メタバースの単なる入門書ではありません。

本書だけを読んでも、Web3、メタバースについて大まかには理解できるので、入門書としても読めないことはありません。ただ、著者の眼目はそこにはないのです。著者の佐々木さんは、テクノロジーの進化を大局的に捉え、Web3やメタバースがいまのネットやスマホのように「あたりまえ」になった先に、社会がどのような方向に変わるのかを思索しています。

先に、2月号の巻頭対談で楠木建先生が、“ビッグ・テックによる支配の行き詰まり”を予見していることを紹介しました。
こうした発言の背景にあるのは、「ビッグ・テックによる寡占支配が我々の自由を奪っている」と問題視する声の高まりです。

本書も、その視点を共有しています。「プロローグ」には次のような一節があるのです。

《インターネットのテクノロジーには、ひとつの難しい問題が浮上している。
 それは、フェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)やアマゾン、グーグルなど「ビッグテック」と呼ばれる超大手ネット企業をめぐるものだ。
 最初にすっぱりと言ってしまえば、「ビッグテックの支配はわたしたちの自由を奪っているのだろうか?」「それは幸福なのだろうか、それとも隷従の不幸なのだろうか?」という問題である。(中略)
 くわえてビッグテック支配には、もうひとつ強力なポイントがある。それは「ネットワーク効果」というものである。ネットワーク効果とは、同じサービスを使っている人が増えれば増えるほど、そのサービスを使うメリットが高まることを指す経済用語である》

Web3とメタバースは「揺り戻し」

「支配とか隷従とか、大げさだなァ」と思う人もいるでしょう。我々はグーグルやAmazon、フェイスブックなどの巨大プラットフォームを強制的に利用させられているわけではなく、ただ「便利だ」と思って自ら進んで使っているにすぎないからです。

しかし、巨大な「ネットワーク効果」が働くことから、我々にはビッグ・テックのサービスを利用しない選択肢はほとんどありません。そして、利用の見返りとして自らのプライバシーの一部をビッグデータとして差し出しているのですから(「監視資本主義」だという批判もあります)、それはある意味でソフトな形の「支配と隷従」なのです。

Web3やメタバースには、その「支配と隷従」に抗するための「揺り戻し」として出てきた側面があります。
というのも、ビッグ・テックによる支配がごく一部の巨大企業による寡占であるのに対し、Web3やメタバースが志向するのは支配の分散であるからです。

《この「支配と隷従」に対抗しようという動きが、2020年代になって活発になってきた。それが「Web3(ウェブ3)」と呼ばれるムーブメントである。
 ウェブ3はインターネットがふたたび「支配と隷従」へと回帰してきていることに対して、「自由」へと揺り戻そうという思想を持っている》

たとえば、Web3の中核を成すテクノロジーの一つに「ブロックチェーン」がありますが、これには「台帳を独占管理している企業が存在しない」という特徴があり、その「分散の仕組み」によってプラットフォーム企業の寡占支配から逃れられるのではないか、と多くの人が考えています。

また、もう一つのメタバースは、「インターネットの中につくられた三次元の仮想世界」のことであり、それが当たり前になることで人々の「居場所」も「発信」も拡張され、どこにいても自分についての「情報の移動」が自由になります。
つまり、《メタバースによって社会は「集中」から「分散」へと変わる》ので、やはり人々の自由度を高めるのです。

自由な世界を志向してきたはずのインターネットが、逆にビッグ・テックによる「支配と隷従」の場となってきたとき、それに抗する動きとして生まれてきたのが、Web3やメタバースなのです。

希望を語りつつ、冷静に現状を見る

《現在のAIの進化とテクノロジーによる「支配と隷従」は、エリートと一般人に社会を分断し新たな階級社会をつくっていこうとしている。しかし逆に新しいテクノロジーによって、そのような階級社会の誕生を阻止することはできないのだろうか?
 それが本書のテーマである》

「プロローグ」にそうあるように、著者の佐々木さんはWeb3やメタバースに大きな期待を寄せています。
ただし、「Web3やメタバースが広まれば人々の自由が取り戻せて未来はバラ色」というような、やみくもな楽観の書ではありません。ネガティブな側面にもきちんと目を向けているのです。

たとえば、《わたしは現在のウェブ3は、単なる権力奪取ゲームにすぎないと断言してもいいと考えている。ウェブ3をいま推進している人たちの多くは、自分たちがGAFAM後の新たな支配者になりたいだけなのだ》と、Web3やメタバースに、一攫千金を狙う山師たちが多数群がっている現状に警鐘を鳴らしています。

しかしそのうえで、それを過渡期の現象であると捉え、Web3やメタバースが一般化したあとの未来の激変に希望を託してもいるのです。

本書のタイトルが『Web3とメタバースは人間を自由にするか』と疑問形なのも、そうした含みがあるからこそでしょう。
Web3やメタバースを手放しで礼賛するのではなく、一歩引いた視点から冷静に捉えつつ、その大きな可能性に注目する本なのです。

自動運転車やDX(デジタル・トランスフォーメーション)など、テクノロジーの最先端についてのトピックも随所に盛り込まれており、その点でも一読の価値があります。

佐々木俊尚著/KADOKAWA / 2022年12月刊
文/前原政之

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