『理念と経営』WEB記事

上菓子の伝統を豊かな感性で今様に

亀屋良長株式会社 取締役 吉村由依子 氏
(写真左)

江戸時代から続く老舗和菓子屋「亀屋良長」。伝統の味を守り続けながらも現代にあった商品展開で人気を誇っている。しかし、数年前までは経営危機に陥っていた。窮地を救った女将が成した「伝統の再構築」とは?

結婚して数年後に知らされた数億円にも達する負債

「亀屋良長」は1803(享和3)年創業。今年で220年目を迎える京菓子の老舗だ。江戸時代には、宮中に納める「上菓子」も製造していた。

「上菓子の『上』は献上の『上』ですね。当時は白砂糖が貴重な輸入品だったので、幕府が使用を厳しく制限していました。弊社は、その使用を許された和菓子屋の一つだったのです」

……と教えてくれたのは、現在の「女将」であり、会社の取締役も務める吉村由依子さん。彼女が8代目の良和さんと結婚したのは、2000(平成12)年のことだった。老舗の跡継ぎとの結婚は、傍目には「玉の輿」と映ったかもしれない。

だが、同社の内実は苦しいものだった。結婚して何年かが経ったころ、夫妻は会社の経理を任せている会計事務所に呼び出され、そのことを知らされた。

「当時はまだ義父が社長でしたし、私に経営状態のことがわかるはずもありません。書類を見せられて、負債が数億円に上ると知って驚きました。
会計士さんは、『売り上げも落ちてきたし、このままでは会社が危ない。社長にもそういう話はしてきたけれど、なかなか重い腰が上がらないので、若いお二人に話そうと思った』と言われました。
倒産の危機だったのかもしれません。でも、実家が商売をしているわけでもない私には、その負債がどの程度深刻なのか、判断がつきませんでした」

わかったのは、「とにかくこのままではいけない」ということだ。そこから、赤字解消のための改革が始まった。



亀屋良長の外観。吉村さんのアイデアがきっかけとなった商品が次々とヒットし、2017年には全面改装するまでに至った

コスト削減の徹底、そして新商品の開発に着手するが……

改革の第一歩はコスト削減だった。

たとえば、菓子箱などの梱包資材一つとっても、長いつきあいのある業者に言い値で任せたきりだった。それを見直し、必ず相見積もりを取るようにした。また、手間をかけていた包装作業も簡素化した。

「それから、売り上げが赤字でも毎年ボーナスを出していたので、そこをカットしました。リストラはしませんでしたが、従業員と面談の上、給料カットもさせてもらいました」

コスト削減を一通り終えたあと、満を持して、新商品開発による売り上げの拡大に挑んでいった。

じつは由依子さんは、巨額負債について知らされるよりも先に、商品開発に手を染めていた。

「若い人たちにもっと和菓子の世界に目を向けてもらわないと、店の未来がないと感じていたからです。結婚して2年くらい経ったころからでしょうか」

由依子さんのアイデアから生まれた最初の新商品が、「おみくじしるこ宝入船」。伝統的な和菓子「懐中しるこ」(携帯できる即席しるこ)の中に、 5 種類のかわいいゼリーをランダムに入れ、出てきたゼリーによって運勢を占うという、若者をターゲットにした品だった。

「そのアイデアを職長さん(職人たちのリーダー)に伝えたら、最初は『そんなん、京菓子やない!』と一蹴されて、びっくりしました。当時は私も、京菓子の伝統の重みがわかっていなくて、軽く考えていた面があったのです。私はまだ20代でしたし、そもそも、若い女性が菓子作りに口を出すこと自体、京菓子の世界ではあまりなかったようです」

それでも頼み込んで作ってもらうと、発売した「おみくじしるこ宝入船」は大ヒット商品となり、元の懐中しること比べて売り上げが100倍以上になった。この最初の実績を機に、職人たちが少しずつ由依子さんのアイデアを尊重してくれるようになった。

「職長さんには徐々に私の熱意を認めてもらえました。あとは、どうしても新しい京菓子が認められない職人さんは、よその店に移っていきましたね」

そして、「おみくじしるこ」に続くヒット商品を模索する努力のさなか、もう一つの逆境が亀屋良長を襲った。

09(同21)年、夫の良和さんに脳腫瘍が見つかったのだ。



亀屋良長の最初の転機となった「おみくじしるこ宝入船」。かわいらしい見た目と驚きが若い女性の心をくすぐる

取材・文 前原政之
写真提供 亀屋良長株式会社


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年 2月号「逆境!その時、経営者は…」から抜粋したものです。

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