『理念と経営』WEB記事

老舗の使命感を胸に、靴下づくりに懸ける

株式会社アイ・コーポレーション 代表取締役 西村京実 氏

同社の高級靴下ブランド「idé homme(イデ・オム)」が好評を博している。しかし、かつて老舗靴下メーカーとして名を馳せた同社の前身は、中国との価格競争に敗れてやむなく自社工場を閉鎖した過去があった。工場閉鎖で苦い思いをした西村社長が、それでも靴下づくりを諦めなかった理由とは――。

母と家業に飛び込み、目の当たりにした現実

靴下業界の老舗名門企業が、今再び息を吹き返そうとしている。

同社社長の西村京実さんの祖父は、かつて日本靴下協会の理事長を務めた人物。業界の全盛期、1970年代のことだ。今も同社と協会に、大きな胸像が飾られている。

「会社の創業者は曾祖父です。どういうわけだか女系家族で、実は祖父も父も婿養子でした」

西村さんも三姉妹の次女として生まれた。最もやんちゃだったこともあり、男の子が欲しかった父からは、長男のように育てられた。

「物心がついた時の誕生日プレゼントは、野球のバットとグローブでした(笑)」

そんな父が、42歳の若さで急逝。西村さんが中学 1 年生の時だ。ショックを受けた祖父は会社を畳むことを考えた。

だが、番頭(補佐役)をつけてくれるなら私がやってもいい、と母が申し出る。専業主婦だった母が、経営者への道を歩み始めた。

「私もそうでしたが、経営というものが、どれだけ大変なのか知らずに飛び込んだんです。あれほど厳しかった母が、毎日泣いていました」

そんな母を助けたいと思うようになった西村さんは、大学に進学し、カナダとフランスに 3 年間留学。さらに経営コンサルティング会社やIT企業で経験を積み、28歳で家業に入った。しかし、そこで西村さんを待ち受けていたのは、想像以上に旧態依然とした工場の体制だった。

「びっくりしました。江戸時代みたいだと思いました。口約束での注文。取ってもらえるかわからない在庫の山。工場に研修に行くと、新参者には口をきいてくれない職人もいました」

大手靴下メーカーの下請けとして長く製造を担っていた同社は、その高い技術力にもかかわらず、取引先からは「いいものをとにかく安く」と買い叩かれるばかり。中国で靴下の製造が拡大しており、コスト競争が激しさを増していたのだった。

「でも、みんなが幸せになれる適正価格でモノを作らないと、長続きはできないわけです」

西村さんは下請けからの脱却を図るため、企画担当者とデザイナーを雇い、自ら提案できる工場を目指した。アパレルメーカーと新たな取り引きが始まり、希望通りの価格で靴下を提供できるようになった。

「ただ、下請けの事業に比べればスケールは小さい。現場を仕切る人たちからは、お嬢が何かやってる、くらいに思われていました」

経営を担っていた母とも衝突を繰り返した。生きてきた時代が違う。考え方は一致しなかった。

工場閉鎖の先頭に立った、苦い「後悔」の記憶

大きな転機が訪れたのは、入社 3 年目、2003(平成15)年のことだ。中国に視察に出かけた母が大きな衝撃を受け、岩手県にあった工場の閉鎖を決断したのだ。

「中国の靴下工場には最新鋭の機械が数百台も並び、従業員の月給は 7 万円ほどでした。母はそんな現実を見て、もうこれ以上戦うのは無理だと思ってしまったんです」

最盛期には300人いた工場の従業員は、80人ほどになっていた。業界では工場の撤退が始まっており、中にはギリギリまで追いつめられて倒産する会社もあった。

「今なら退職金も払える、ということだったのだと思います、反対しようにも、私には何の力もありませんでした」

だが、工場は祖父や父との思い出がつまった場所。工場に行くと、母は涙に暮れてしまう。西村さんは、「工場閉鎖はしがらみのない自分が担おう」と決めた。それから約半年、苦しい時期を過ごす。

「全員が解雇を告げられています。これからどうなるのかと工場全体に不安が渦巻いているんです。まだ若かったこともあって、それはもう押しつぶされそうでした」

工場には、すでに受注していた商品があった。正義感からしっかり納品しようと考えたが、途中でそれは甘い考えだったと気づかされた。

「従業員は不安で仕事が手につかず、不良品が多発してしまうんです。仲間の工場に頼ればよかったと後悔しました」

結果、なんとか受注していた商品はすべて納品することができたが、この時の「後悔」は西村さんの中に今でも残っているという。



西村さんが立ち上げた同社の高級靴下ブランド「idé homme」の商品。工場閉鎖から新ブランドの立ち上げで再起するまでの軌跡は、月刊「理念と経営」2023年2月号に掲載

取材・文 上阪徹
写真提供 株式会社アイ・コーポレーション


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年 2月号「特集1」から抜粋したものです。

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