『理念と経営』WEB記事

どんなに時代が変わろうと、 「商売の原則」は変わらない

株式会社フォース・マーケティングアンドマネージメント 代表取締役CEO 岩田彰一郎  氏 ✕ 一橋ビジネススクール教授 楠木 建  氏

オフィス用品通販サービスのパイオニアとして知られる「アスクル」。創業者の岩田彰一郎氏がつねにこだわり続けてきたのが「顧客第一」主義である。そして、その岩田氏を「戦略や行動までがすべて顧客第一で貫かれている稀な経営者」として高く評価してきたのが、楠木建教授だ。白熱した両氏の対談から浮かび上がってくる競争戦略の核心とは―。

顧客の日常に思いを巡らす「イマジネーション」が大切

―岩田CEOがアスクル株式会社を大躍進させたご業績について、楠木先生もご著書の『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)で高く評価されています。ご専門の競争戦略論の視点から見て、アスクルの戦略はどのように優れていたのか? そのあたりからお話しいただければと思います。

楠木 そもそも、僕が自分なりの競争戦略論をまとめるにあたっては、岩田さんから直接教えていただいたアスクルの話が、一つの核になっています。当時、何回かくり返しお話を伺って、その中で考えたことをベースに『ストーリーとしての競争戦略』を書いたんです。
その意味で、僕は岩田さんのことを恩人だと思っています。

岩田 私のほうこそ、楠木先生にはいろいろ教えていただいております。アスクルが2002(平成14)年に第2回「ポーター賞」(競争戦略論の第一人者マイケル・ポーターの名を冠し、一橋大学大学院国際企業戦略研究科が創設した賞)を受賞して以来、一橋大学とのご縁も深まりました。

楠木 アスクルの競争戦略の何が優れていたかというと、よくあるマーケティングのセグメンテーション(顧客の細分化)とか、そういうことではなくて、背景にある顧客についての洞察ですね。一番しっくりくる言葉を使うなら、「イマジネーション」でしょうか。顧客の思考と行動に対するイマジネーション―それが優れていたんです。

アスクルが登場してきたころは、インターネットという基盤的技術が広まりはじめた時期でした。それは当然、あらゆるビジネスに新しい機会をもたらしたわけで、猫も杓子も「Eコマース、Eコマース」と言っていた。そういうオポチュニティ(好機)に満ちた時期には、企業の戦略が甘くなるものだと僕は思っています。「とにかくプロモーションをガンガンやればいい」と安易に考えて、戦略を練らなくなるのです。
でも、アスクルはそうではなくて、「顧客が何を求めているのか?」という商売の基本からしっかり戦略を練っていかれた。だからこそ、顧客にどういう価値を提供していこうとしているのかが、岩田さんのお話を伺うだけで、まるで映画を観るように鮮明にイメージできたのです。まさに「ストーリーとしての競争戦略」のお手本だったと思います。

岩田 そう言っていただけると本当にうれしいです。私はアスクルがEコマースの先駆者みたいに扱われることに、ずっと違和感がありました。われわれが創業からやってきたことは、もっと泥臭い、昔ながらの商売だったからです。最初から社員のみんなに言ってきたことは、「お客様の現場に行き、お客様の声をお聞きしよう。そこに答えがある」ということです。アスクルの商品を発注してくださるお客様が、どういうことを求めているのか? それを具体的にイメージすることが、すべての基本になっていました。

楠木 「アスクル」(=明日来る)という社名が象徴する、当時としては画期的だった迅速な配送が1つの提供価値だったわけですが、それ以上に、小規模事業所をメインターゲットに据えたことが、アスクルの戦略の核でしたね。

岩田 ええ。大企業にはもう出入りの地場の文具店さんがしっかりおさえていて、総務の求めに応じて鉛筆1本からゴルフコンペの景品まで配達してくれるので、われわれが入り込む余地はありませんでした。それより、日々の買い物が大変な小規模事業所の方々に、大企業並の事務用品配送サービスを提供しようと考えたのです。

楠木 そのときどんな顧客をイメージされたのかが、情景としてはっきり思い浮かぶんですよ。それが僕の言う「顧客に対するイマジネーション」です。たとえば、雑居ビルのオフィスで、女性社員が雑務を全部やっていて、ありとあらゆる消耗品は彼女が買いに行かないといけない。でも、その雑居ビルにはエレベーターもなくて、細かいものをいちいち近所に買いに行くのが面倒で、重いし、領収書をいちいち整理するのも大変だし……とかね(笑)。

そういう人たちの面倒を一気に減らしてくれたのが、アスクルのサービスだったわけです。アスクルが誕生していちばん喜んだのは、各事業所の社長ではなく、日々の買い物に苦労していた「事務の女性社員」だったと思います。

岩田 おっしゃるとおりです。そして、そのような顧客イメージは、私たちが創業当時に飛び込み営業をくり返した中で、実際に出会ったお客様の姿なんです。お客様が何を求めているのかを知り、お客様に喜んでいただくことが何よりも大切でした。

アスクルが元はオフィス用品メーカー「プラス」の一事業部からスタートしましたがお客様はプラス取扱商品以外のものも必要とされていたので、社内には強い反対もありましたが、お客様の求めに応えるためには、そうすることが最善の選択だと考えたのです。

「わからなくなったら、お客様の声を聞こう」

楠木 経営者はみんな、「顧客の立場に立って」「顧客のために」と口では言いますよね。でも、実際の戦略や行動までがすべて「顧客第一」で貫かれている経営者は稀です。アスクルのように、顧客のイメージまでが映画のように浮かぶ企業は、もっと稀です。岩田さんがその「稀な経営者」である理由は、どのへんにあるとお考えになりますか?

岩田 アスクル社内にお客様第一の社風を築いていくための努力を、徹底して重ねていきました。

一例を挙げれば、カタログを重んじることです。店舗販売ではないアスクルにとって、カタログはお客様との唯一の接点であり、「お店」そのものですから……。カタログが千数百ページという厚さになってからも、毎回すべてのページを社長の私が細かくチェックしていました。

あるときには、カタログの全ページを1枚1枚オフィスの壁に貼って、みんなと一緒に1ページ1ページ検討したこともありました。いまでは笑い話のようですが、スーパーで買い物をするショッピングカートを買ってきまして、みんなでそれを押しながらカタログを見て回ったのです。つまり、「アスクルがもしも実店舗だったら?」とイメージして、1つひとつの商品がお客様の目に触れる〝動線〟を考えながら、中身を検討していったのです。

「この写真、もっと大きいほうがいいよね」とか、「これじゃあ、お客様は買わないよね」とか言いながら……。アスクルがカタログ作りに投入したエネルギーと時間は、膨大なものでした。
楠木 あのころ、ネットが爆発的に普及していくなかで、そういう泥臭い地道な努力は「非効率なもの」として切り捨てる人も多かったと思います。

岩田 そうですね。カタログ作りにしても、「全部機械化して、自動で流し込む編集ソフトを取り入れよう」という意見も社内にありました。「何でカタログ作りにこんなにたくさんの社員が必要なんだ?」という声もありましたし……。でも、私はそこは労を惜しんではいけない部分だと考えていました。

泥臭い努力の例をもう一つ挙げると、「MD(マーチャンダイザー)合宿」というのを毎年2回、各3日間やっていました。全マーチャンダイザーが一堂に会して、60人くらいが代表で発表を行う合宿です。「自分の商品を、こんなふうに売った」というMDの実体験からみんなで学び合い、共有知にしていくわけです。

現場の声に耳を傾ける企業風土を、意識的に作る必要がありました。「わからなくなったら現場に行って、お客様の声を聞こう。それがいちばん正しい答えだ」とみんなが考える……そういう企業文化の土壌を、私は社長として作っていったのです。

楠木 僕はアスクルのオフィスや物流センターを、一橋の学生を連れて見学させていただいたことが何回かあります。そのときに印象的だったのは、顧客の注文に対応する「コールセンター」が、オフィスの中心に位置しているレイアウトです。あれも、岩田さんの現場重視の姿勢を象徴していますね。

岩田 おっしゃるとおりです。企業が大きくなると、お客様との距離がどんどん離れていきがちです。だからこそ、意識的にその距離を縮める仕組みを作っていかないといけません。物流センターの上にオフィスを作り、なおかつオフィスのど真ん中にお客様の声が入るコールセンターを入れたのも、その仕組みの1つでした。

―「お客様のために進化する」という、アスクルの創業以来の企業理念を社員の皆さんに定着させるために、岩田さんはどんな努力をなさってこられたのでしょう?

岩田 たとえば、社長を務めた22年間、毎週月曜日に必ずやっていた全体朝礼での私の話ですね。「通りいっぺんの、中身のない話は絶対にしない。いまみんなにいちばん伝えたいことを話す」と決めて、毎週真剣勝負で、しっかり準備して臨みました。そして、その話の中に「お客様のために進化する」というテーマが含まれるように心がけたのです。

あとは、カタログ作りについて意見するときにも、できるだけお客様視点の言い方をしました。「みんなが努力しているのはわかる。でも、僕がここで妥協してOKを出したとしても、お客様は妥協してくれないよ」と言ったり……。

徹底した顧客第一によって、“テクノロジーに血を通わせる”

楠木 アスクルが大成功した要因の1つになったのが、「エージェント制度」という独自の仕組みですね。顧客の開拓と債権管理、代金の回収を地域の文具店に委ね、それ以外のカタログ制作・発送・注文受付・配送・問い合わせ対応、請求代行などはすべてアスクルが行うというものです。画期的なビジネスモデルだったわけですが、これはどういう成り行きで出てきた発想ですか?

構成 本誌編集長 前原政之
撮影 中村ノブオ


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年2月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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