『理念と経営』WEB記事
特集1
2023年 1月号
鋳物技術という強みが自社商品に活きた

石川鋳造株式会社 代表取締役社長 石川鋼逸 氏
一時は3年待ちになるほど注文が殺到した『おもいのフライパン』。一般的なフライパンと比べて重量があり、手入れに手間が掛かるにもかかわらず、なぜここまでの人気商品となったのか。長年「鋳物技術」に携わってきた同社だからこそ発揮できた“強み”に迫る。
業界の真逆を攻めた『おもいのフライパン』
2017年の発売以来、「お肉が美味しく焼ける」ことで人気を博しているフライパンがある。『おもいのフライパン』という商品の特徴は、鋳物技術によって高い熱伝導率と畜熱効果を実現し、食材の芯までしっかりと熱が通ることだ。フライパンの市場で「軽い」「テフロン加工」が主流となる中、同商品は焼き面の鉄が厚く重量があり、価格も1万2650円(税込み)からと安くはない。だが、肉を焼いたときの美味しさが評判となり、発売時は入荷まで3年待ちにもなった人気商品なのだ。
『おもいのフライパン』の製造・販売を手掛ける石川鋳造は、もともと自動車部品など大型の鋳物製品を製造していた。同社の石川鋼逸社長が社内の若手4名を集め、新規事業のプロジェクトチームをつくったのは2008年。その背景には、2004年の社長就任時から、ハイブリット車やEV(電気自動車)の普及が進めば、自社製品の売り上げが落ちていくという見通しがあったという。
「ドル箱の商品の利益率が下がっていくのであれば、新しい自社製品の開発が会社の存続のためにも必要なことだと考えました。その危機感はリーマン・ショックによってより現実的な課題になっていきました」
このプロジェクトチームで石川社長がまず考えたのは、長年にわたって鋳物製品の製造を行ってきた自社の強みと弱みを冷静に分析することだった。そんな中、頭に浮かんだのが「フライパン」だった。
「私自身、自宅のフライパンでお肉を焼いても、お店と比べてあまり美味しくないと思っていました。そこで調べてみると、鉄板焼きやステーキ店では2センチ近く厚みのある鉄板で肉を焼いていることがわかりました」
これを受けて考案されたのが、お肉を美味しく焼ける厚みと熱伝導率を持つ『おもいのフライパン』だった。このまったく新しいコンセプトの商品は、「軽くて使い勝手のいいもの」というフライパン業界の潮流とは真逆のものだった。だが、熱伝導率の高い鋳物の特性を活かせば、自宅でも旨味をしっかり閉じ込めた肉を焼ける――そこには必ず消費者のニーズがあるはずだ、と彼は思った。そうして工場の片隅で開発を始めて以来、同社は1000個にも及ぶ試作品を作り、『おもいのフライパン』を完成させていった。開発の中で難しかったのは、鉄の厚みによる重さと扱いやすさをどう両立するかだったという。
「お肉の美味しさを損なわず、家庭で女性も使えるギリギリの重さは厚さ何ミリなのか。同時に取っ手の形状や長さ、角度を工夫することで、少しでも軽く感じられるようにしていきました」
『おもいのフライパン』という名前には、「重い」と「思い」をかけた。開発中にInstagramで商品の紹介を行うと、発売を待ち望む声が多く届いたという。
だが、当時は一日に製造できたのは10枚ほど。そこで、クラウドファンディングサイト「Makuake」で先行予約販売をしたところ、開始5分で目標金額を大きく上回る2000万円超の支援金額が集まって完売。一時は3年待ちというヒット商品となったのである。
鋳物技術を活かした調理器具『おもいのシリーズ』。鉄板やマルチパンなども商品展開している
取材・文 稲泉連
写真提供 石川鋳造株式会社
本記事は、月刊『理念と経営』2023年 1月号「特集1」から抜粋したものです。
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