『理念と経営』WEB記事
編集長が選ぶ「経営に役立つ今週の一冊」
第40回/『どん底からの会社再建記』

いま逆境にあるすべての経営者にすすめたい
『理念と経営』の「逆境! その時、経営者は…」は、創刊直後から現在まで続く人気連載です。倒産の危機など、さまざまな逆境に直面し、それを乗り越えてきた中小企業経営者に光を当てる内容です。
2023年1月号(12月21日発売)の「逆境!」では、今回取り上げる本の著者――株式会社三協の添田泰弘社長を取材しています。
現在、「逆境!」は編集長の私が執筆を担当していますが、その準備のために添田社長の近著『どん底からの会社再建記』を読んだとき、「これは素晴らしい内容だ。WEB書評でも取り上げよう」と考えたのです。
三協は、おしぼり、マット、タオルなどのレンタル商品を主に扱う「リネンサプライ」の企業です。本社のある栃木県ではレンタルおしぼりのシェアで8割以上を占めるなど、着実な業績を上げてきました。
添田社長は2代目で、創業者である父(現会長)から2019年8月に事業承継を受けました。そこまで7年連続で売上を伸ばしており、順風満帆の船出のはずでした。
ところが、同年末に本社工場が火事で全焼。年商に匹敵するほどの損害を被りました。
さらに、火事からの再建を進めていた矢先、コロナ禍が始まり、飲食店・旅館等への依存度が高かった同社は売上7割減の大打撃を受けたのです。
事業承継してすぐ、立て続けに2つの大きな逆境に見舞われた添田社長は、どのようにしてそれを乗り越えてきたのか? その道筋がつぶさに明かされた一冊が、『どん底からの会社再建記』なのです。
何よりもまず、逆境に屈せずファイティングポーズを取り続け、再建に邁進した添田社長の姿が感動的です。倒産の瀬戸際に立つ逆境を経験したことがある中小企業経営者が読めば、涙なしには読めないでしょう。
また、いま逆境の只中にいる経営者が読めば、大いに鼓舞され、闘う勇気が湧いてくるでしょう。
本書が教えてくれるのは、逆境は大きければ大きいほど、それを乗り越えたときには会社も経営者も以前より強くなるということ。その「強くなる」には精神面などの無形の強さも含まれますが、数字となって目に見える強さも、逆境を乗り越えることで得られる場合が多いものです。
三協の場合、新工場建設にあたっては社員からの要望を取り入れることで、全焼した旧工場よりもはるかに使い勝手のよい工場に変えることができました。
また、火事で使えなくなった古い機械を新しいものに換えたこともあり、生産性も大幅にアップしたということです。
そのように、逆境はマイナスだけをもたらすのではなく、社内を一気に改革するためのチャンスにもなります。本書には、逆境を機に社内改革を進めるヒントもちりばめられています。
「経営者の災害対応マニュアル」としても秀逸
たんにビジネス・ドキュメンタリーとしても感動的ですが、本書の価値はそれだけにとどまりません。
「中小企業経営者のための、いざというときの災害対応マニュアル」――そんなサブタイトルをつけてもよい内容になっており、その点がもう一つの価値なのです。
著者の添田氏は、2つの逆境を乗り越えた稀有な体験を、他の中小企業経営者にも知恵として共有したいと考えたのでしょう。明らかにそのことを意識した書き方が、随所に見られます。
たとえば、《自治体や業種によって違いはあると思いますが、本社工場が全焼した際に私が提出した書類は、次のようなものでした》と、災害時の提出書類がリスト化されて紹介されています。
また、《火災から2ヶ月の間に私が独断・即決で手配したもの》というリストが作られ、チェックを入れる欄まで設けられています。
つまり、中小企業経営者が何らかの災害に見舞われたとき、この本を参考にすればやるべきことが見えてくるのです。
あたりまえですが、火事などの災害は多くの人にとって人生初の体験です。だからこそ、経営者は多かれ少なかれパニック状態に陥るでしょう。災害時には経営者が判断しないといけないこと、やるべきことが一気に増えますから、なおさらです。
そんなとき、少しでも冷静に対応するためのマニュアルとして、本書は活用できるのです。
マニュアル本として見ても、本書はたいへん秀逸な内容です。
災害時の資金繰り、社内の混乱の収拾方法、非常時のトップの心構え、果ては「非常時の営業・PRのやり方」(第5章のタイトル)まで、災害対応のあらゆる側面を手際よく網羅しており、過不足がありません。
「非常時のPRって、何のこと?」と、首をかしげる人もいるかもしれません。著者は経験を踏まえて、「危機だからこそメディアに取り上げてもらえる」と言います。
中小企業は大手マスコミに報道されにくいものですが、「本社工場が全焼した上にコロナ危機で売上7割減に陥った会社が、再建に向けて頑張っている」という話になれば、ドラマ性とニュース性があり、マスコミも取り上げやすいのです。そして、マスコミが取り上げれば協力者も増え、再建に向けての大きな助けにもなります。
著者は、危機を逆手に取ってマスコミに取り上げてもらうコツ(プレスリリースの効果的な活用法など)も、本書で解説しています。逆境のさなかでさえ、そのようにマスコミを活用することを考える――著者のよい意味でのしたたかさ、たくましさに感服させられます。
本書が「経営者の災害対応マニュアル」として活用できるのは、著者が経験した火災やコロナ禍に限ったことではありません。台風や豪雨被害、事故など、他の災害や危機の場合にも、本書を読めば対応の参考になる点はたくさんあるでしょう。
そして、本書は災害後の対応のみならず、「災害に備えて経営者がやっておくこと」を知るためにも役立ちます。7章「危機に陥る前にやっておくべきこと」は、まさにそのような内容です。
ビジネス・ドキュメンタリーとしての感動と、災害対応マニュアルとしての高い実用性を兼備した一冊――。中小企業経営者に一読をおすすめします。
添田泰弘著/同文館出版/2022年5月刊
文/前原政之
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