『理念と経営』WEB記事

第38回/『[新装版]企業参謀――戦略的思考とは何か』

オピニオンリーダー・大前研一のデビュー作

当連載は基本的に新刊・近刊を紹介していますが、今回は少し趣向を変えて、半世紀近く前に刊行された古典的名著を取り上げましょう。
我が国を代表する経営コンサルタントであり、日本のオピニオンリーダーの1人でもある大前研一氏のデビュー作『企業参謀――戦略的思考とは何か』です。

大前氏は、1972年に29歳でマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、経営コンサルタントとしての第一歩を踏み出します。そして、30歳から31歳のころ、《右も左もわからぬままに、経営とは何か、を仕事をしながら学んでいった、そのことを書き留めておいた》私的なメモが、本書のベースとなっています。

《駆け出し、かつ無名の私には書いている間には出版、などという発想は毛頭もなく、ただ私の古くからある習性として学んだことを記録に残しておく、また理解したことをわかりやすく書き出してみる、ということをしていたにすぎない》

ところが、そのメモの集積を見たプロの編集者から内容の面白さを評価され、出版が決定。そして、刊行された1975年のうちに16万部も売れ、マッキンゼーの一社員であった32歳の大前氏は、一躍ベストセラーの著者となったのでした。

そのため、77年には『続・企業参謀』も刊行されました。本書は、その正・続2冊を一冊に合本し、1999年に改めて刊行された「新装版」です。

周知のとおり、大前氏はその後、数多くのベストセラーを持つ人気著者となっていきますが、その原点となったのが本書です。

正編刊行からすでに48年が経過しているわけですが、いまも本書は各国で読み継がれています。

《この本は、それまで戦略的経営とは無縁であった日本企業に新風を吹き込みました。また、その内容の確かさから英語をはじめインドネシア語、トルコ語、オランダ語、ドイツ語、ロシア語など各国語に翻訳され、世界中のビジネスパーソンの座右の書となるだけではなく、海外の大学やビジネススクールの教科書としても使われています》(『超訳・速習・図解 企業参謀ノート[入門編]』大前研一監修/プレジデント書籍編集部・編より)

当然、挙げられている事例は古いわけですが、それでも、企業経営に不可欠な戦略的思考の要諦を抽出した内容は、いまも古びていません。《日本企業がどんな苦境にあっても戦略立案はこうやればいいんだ、というメッセージ》が全編に流れ通っており、時代を超えて経営者が読むに値する一冊なのです。

日常の事例から戦略的思考を解説

「戦略的思考とは何か」という副題が示すとおり、本書は企業経営に必要な戦略的思考の基本を教える入門書です。もっと広く捉えれば、戦略的思考の土台となるロジカルシンキングの入門書でもあります。

感心させられるのは、専門用語ばかり小難しく並べるのではなく、日常的な事例を通じて戦略的思考が解説されるくだりが、随所にある点です。

たとえば、『続・企業参謀』の冒頭で挙げられるのは、大前氏の妻子が夏休みで帰省したため、氏が自らスーパーマーケットに赴いて一週間分の食料を買い溜めしたときの話です。
その買い溜め計画に失敗して冷蔵庫を「不良在庫」で一杯にしてしまったことから、話を「事業計画の損益見直し」に転じて、読者の心を鮮やかにつかむのです。
大前氏は著作家としての出発点からして、すでに読者を飽きさせない高度な技術を身につけていたといえるでしょう。

また、正編の冒頭でも、旅行会社からもらったパンフレットや理髪店の料金といった日常的な事例を通して、戦略的思考の本質を鮮やかに解説しています。

理髪店の料金の例とは、「日本国内でアメリカ式の20分理髪店を開業すれば、大成功するはずだ」という話です。そのことを、日米の理髪店の平均的作業割り振り・価格差などを分析し、解説しています。

読者の皆さんはすでにご存じのとおり、大前氏が1975年に行ったこの提言は、のちに日本で「QBハウス」などの「10分1000円髭剃り洗髪なしの理髪専門店」の隆盛となって実現しました。
そのビジネスモデルを日本に導入した人が、本書を読んでいたかどうかはわかりません。ともあれ、本書で展開される戦略的思考が「机上の空論」ではなく、現実のビジネスに応用可能な実戦的なものであることを、この例は如実に示しているでしょう。

物事の本質をつかみ、自分の頭で考える

もちろん、いま挙げた日常的事例は本書の一面に過ぎず、専門用語を駆使して戦略的思考を解説する部分もあります。
そのような場合にも、的確に図解を用いるなどして、高度な内容が平明に語られているのです。その意味で本書は、経営書の古典的名著であると同時に、上質なビジネス書のお手本ともいえます。

本書には、問題点の摘出と解決のプロセス、中期経営戦略計画の立案、製品系列のポートフォリオ管理など、さまざまな角度から企業戦略の立て方が解説されています。
それらの枝葉を落として本質だけを見るなら、本書で首尾一貫して大前氏が言っているのは、“いかなる場合も、俗論や既成概念に惑わされず、自分の頭で考え、冷静に現状を分析し、物事の本質をつかめ”ということに尽きるでしょう。それこそが「戦略的思考」の根幹であり、本書はそうした思考を身につけるための本なのです。

中小企業経営者の皆さんはぜひ、本書の内容を、自社がいま直面している課題に当てはめて読んでみてください。

なお、本書の巻末に「附章」として収録された《先見術――「成功パターン」を透視する必要・十分条件》は、正・続『企業参謀』とは別に、『プレジデント』1979年1月号に大前氏が寄稿した論考の再録です。
いわば「オマケ」のようなものですが、戦略的思考に基づく事業領域決定を論じた優れた内容となっています。新たな事業展開を考えている経営者にとっては示唆に富む論考であり、一読をおすすめします。

大前研一著/プレジデント社/1999年10月刊(原著は1975、77年刊)
文/前原政之

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