『理念と経営』WEB記事

「お客様の顔が見える酒造り」を目指せ!

有限会社渡辺酒造店 代表取締役 渡邉久憲 氏

独自戦略「エンタメ化経営」で同社を成長させてきた渡邉久憲社長。日本酒業界にありがちな「“造り手都合”の酒造り」からの脱却を図るためにデジタル化を進めている。顧客との直接的なつながりを通じて体得してきた商売の鉄則――。

紙媒体の営業戦略から舵を切ったワケ

岐阜県飛騨市にある渡辺酒造店は、主力ブランドの「蓬莱」などを全国で展開する酒蔵だ。
同社は9代目の渡邉社長のもと、コロナ禍以前からさまざまなデジタル化を進めてきた。オンライン展示会やZoho&SAKE HACKを駆使したマーケティングオートメーション、InstagramやTikTokを大いに活用した営業・マーケティング、さらにはこれまで杜氏の「経験」に頼っていた酒造りもデータ化し、工程を標準化して人手不足にも対応してきたという。

「僕らが営業などのデジタルシフトに取り組み始めたのは、コロナ禍前の2017(平成29)年頃からでした。
この頃、わが社は売上10億円を突破したのですが、チラシやダイレクトメールの印刷費や郵送費によって、利益が頭打ちになってきていました。そこで紙媒体中心の営業戦略から、お客様と直接つながれるインターネットの活用へと一気に舵を切ったんです」

それまでも「謎のマスクマン乱入! 杜氏に挑戦状」「飛騨上空に! 龍 衝撃写真」といった見出しで、読んだ人が思わず笑顔になるチラシ「飛騨スポ」。仕込みタンクに吉本新喜劇を聞かせて発酵させる酒蔵……。さまざまな企画や限定酒の販売、毎年5万人が訪れる酒蔵イベントなど、渡邊社長が自ら「エンタメ化経営」と呼ぶユニークな営業手法は顧客から大きな人気を得てきた。それが29歳で入社した頃は2億円だった売り上げを、15年ほどで10倍にした渡邉社長の真骨頂だ。

その成長の中でデジタルシフトを一気に進めることは、「紙媒体で培った一つの成功体験を捨てることを意味した」と彼は振り返る。一方でそれでも決して捨てなかった本質は、お客との直接的な「つながり」を営業の基盤に置くことだったと言う。

「我々のいる日本酒業界には、酒蔵で酒造りをする造り手からお客様の顔が見えにくい構造があるんです。造ったお酒を卸すのは大抵が卸問屋さんで、お客様と直接的なつながりを得る機会が少ない。お客様が日本酒に対して本当に求めていることが、なかなか伝わってこないという課題がありました」

「造り手都合」の悪しき慣習を変える

例えば、メーカーは冷酒用の酒を造り、「冷蔵庫で冷やしてください」と簡単に言う。だが夏は家庭の冷蔵庫はビールやジュース、食材でいっぱいになっており、一升瓶を入れるスペースがない場合も多い。


「要するに、『冷蔵庫で冷やす』というのは、造り手の都合なんですね。斜陽と呼ばれる産業には、必ず造り手とお客様との間に認識の違いや矛盾が横たわっているものです。
SNSを活用する際に大切なのは、お客様とつながって生の声を聞き、その矛盾を解消しようとする視点なのだと思います」

同社は「蓬莱」を主力ブランドに据えつつ、「ガリガリ氷原酒」「無修正の酒」などユニークな限定酒を発売してきた。その企画会議での議論の素となるのも、Instagramでのライブなどを通じたお客の声であった。

取材・文 稲泉連
写真提供 有限会社渡辺酒造店


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年12月号「特集2」から抜粋したものです。

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