『理念と経営』WEB記事
編集部が選ぶ「経営に役立つ今週の一冊」
第35回/『託す勇気 託される覚悟――永遠不滅企業につながる事業承継』

金沢の「芝寿し」といえば、北陸で知らない人のいない「笹寿し」を手掛ける寿し・弁当メーカーである。本書はその2代目社長で、現相談役の梶谷晋弘(かじたにゆきひろ)氏による初の著書だ。2代目として創業者から託されたバトンを、3代目に渡すまでのさまざまな体験と思いが綴られている。2025年頃には日本の中小企業のうち約127万社が廃業を迎えると予測される今、事業承継の参考書としても意義深い。
芝寿し創業者の故・梶谷忠司氏は、商業界ゼミナールでも一目置かれたカリスマ経営者だ。偉大な父から、実質的に経営を任されたのは、なんと著者が28歳のとき。28歳の誕生日に「専務取締役」の名刺を渡すと、その翌日から父は会社に出社しなくなった。そして信頼する中小企業診断士に後継者教育を託し、問われたこと以外は経営の口出しはしなかった。
著者は「今から考えると、これが事業承継の第一歩であったように思う」と述懐する。そして「芝寿しという“ステージ”を、長年培ってきた信用という“財産”を、持ち帰り寿司という“業態”を受け継いだが、それらを突き詰めてみると、結局は『店はお客様のためにある』という“精神”の一点に絞られる」と振り返る。
それを象徴するエピソードがある。あるとき著者は、父からこんな投げかけを受ける。
「うちは弁当屋で、ありがたいことにいろんな機会にお弁当を利用してもらえる。そのなかには野外で行われる運動会や野球大会のようなものもあるやろ。ところが、野外行事は天候に左右される。もし当日、雨が降ったら電話一本でキャンセルできる弁当屋があったらお客さんも便利だろうなあ。どや、我が社でそんなこと、考えられへんか」
「そんなことは絶対にできない」と、できない理由を次から次に言う著者に対し、創業者は「それでも何か道はないか」と食い下がる。そこで、「当日の朝6時半までに注文確定」「配達は午前10時以降12時まで」「受注できるお弁当の種類を限定」を条件に、「当日雨天キャンセルOK」のサービスを試験的に始めてみると、お客様から大いに喜ばれた。父の思いを息子がカタチにしたのだ。こうして商いの道の極意を父から学んでいった。
今は3代目である長男の真康氏に社長の座を譲った著者だが、当初は「新社長の仕事ぶり」についつい口出ししてしまったそうだ。それでも「私も父を見習わなければならない」と、2019年末に役員を退き、名実ともにバトンを託した。
人は人によって磨かれる。本書を通じて託す側の勇気、託される側の覚悟を疑似体験することは、組織のリーダーにとって大きな財産になるのではないだろうか。
梶谷晋弘/能登印刷出版部/2022年10月刊
文/編集部
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