『理念と経営』WEB記事
編集長が選ぶ「経営に役立つ今週の一冊」
第34回/『小林製薬 アイデアをヒットさせる経営――絶えざる創造と革新の追求』

卓抜なマーケティングの舞台裏
発売中の『理念と経営』(2022年11月号)には、小林製薬株式会社の小林一雅代表取締役会長と、経営学者・石井淳蔵先生(神戸大学名誉教授)の「巻頭対談」が掲載されています。
小林製薬と言えば、「アンメルツ」「熱さまシート」「サワデー」「ブルーレット」「消臭元」など、長年愛され続ける大ヒット商品を数多く持つメーカーです。現在まで23期連続黒字の成長企業でもあります。
1976(昭和51)年から2004(平成16)年まで、28年間にわたって4代目社長を務めた小林一雅会長こそ、そのような企業に育て上げた最大の立役者です。
薬品卸業であった同社を、現在のような衛生日用品・医薬品のメーカーへと転換し、多くのヒット商品を生み、事業を大発展させた方なのです。
小林会長は、自らを「根っからのマーケッター」と呼びます。
26歳のとき、一年間の米国留学をした会長は、現地で主にマーケティングと広告について学びました。そのときの学びを根底に置いて、経営を推進してこられたのです。
一方、巻頭対談でホスト役を務めた石井淳蔵先生は、日本におけるマーケティング/ブランド研究の第一人者です。そのため、対談は小林製薬の卓抜なマーケティングの舞台裏を語る内容となりました。
本書は、小林会長が来し方を振り返り、自らの経営哲学を開陳した初の著書です。
11月号の巻頭対談とも響き合う内容であり、併読すればいっそう理解が深まるでしょう。
「わかりやすさ」追求の歩みをわかりやすく
小林会長は本書で、若き日の米国留学で得た学びを、「わかりやすく相手に伝える」という一言に集約しています。それこそがマーケティングや広告の「肝」である、と捉えたのです。
そのことがいちばんよく表れているのは、小林製薬の特徴的な商品名でしょう。
「熱さまシート」「のどぬ~るスプレー」「トイレ洗浄中」など、名前を聞いたらすぐに効能や役割がわかる一目瞭然のネーミングが多いのです。
小林製薬は、メーカーとして出発したころから現在まで、何十年も「わかりやすさ」にこだわり続けてきました。
それは、商品のネーミングに限ったことではありません。パッケージ、広告、販促方法、さらには組織のありようやリーダーシップなど、あらゆる面でわかりやすさを最重視してきたのです。
それだけに、本書も大変わかりやすい内容となっています。空疎な観念論など一つもなく、語られる経営哲学はすべて具体的エピソードによって裏打ちされていくのです。
本書の読みどころは何よりもまず、大ヒット商品開発の舞台裏が詳細に語られているところです。
とくに、「アンメルツ」「サワデー」「ブルーレット」という3つの代表的商品は、いずれも小林会長が《米国留学時代に想を得たもの》であり、「生みの親」自らが語る開発秘話は読み応えがあります。
一例を挙げれば、「サワデー」について語られた部分には、次のような一節が……。
《大ヒットの理由を私なりに分析すると、「御不浄」と呼ばれていたトイレの用品だったことにあると認識しています。かつての日本のトイレは「汚い場所」であり、強い悪臭を放つ「不浄な場所」で使用するトイレ用品に手を出すのは二流メーカーがやることで、一流メーカーの仕事ではないと思われていました。つまり、大手が「やりたがらないビジネス」だからこそ、小林製薬の入り込む余地があったわけです》
いまの時点から読むと驚かされる話ですが、小林製薬は衛生日用品・医薬品メーカーとしては後発であったのです。
中小企業の手本にもなる「一級の経営書」
本書には、小林製薬が一貫して取ってきた「小さな池の大きな魚」と呼ばれる戦略が、事例に即して詳しく紹介されています。
巨大マーケットを狙うとき、その一部を柵で囲って「小さな池」にするように、ターゲットを絞り込むのが小林製薬の戦略です。
たとえば、歯磨き粉という巨大市場を狙うにあたっては、「歯槽膿漏予防用」に的を絞り、「生葉」という大ヒット商品を生みました。
また、目薬という巨大マーケットの中で、「洗眼薬」という小マーケットで勝負したのが「アイボン」でした。しかも、洗眼薬の中でもコンタクトレンズ・ユーザー専用というニッチに的を絞り、その中でダントツのシェアを獲得したのです。
年間100億円規模の市場があったとして、そこで5%のシェアを獲得したら、売上は5億円です。一方、年間10億円のニッチ市場で50%のシェアを獲得したら、やはり売上は5億円です。売上は同じでも、ニッチ市場のほうが利益が上がりやすく、企業としての存在感も格段に高くなります。
そのようなやり方を、小林会長は「小さな池の大きな魚」戦略と呼び、それに徹することで多くの大ヒット商品を生み出してきたのでした。
小林製薬は押しも押されもせぬ大企業ですが、この「小さな池の大きな魚」戦略は、中小企業が大企業に挑むときの闘い方としても、大いに参考になります。
また、本書全体にも、「それは大企業に限った話で、中小企業には関係ない」と思わせる部分はほとんどありません。
企業規模こそ違え、小林会長の歩みとその経営哲学は、中小企業経営者にとっても「よき手本」となるでしょう。第一級の経営書です。
小林一雅著/PHP研究所/2022年2月刊
文/前原政之
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