『理念と経営』WEB記事

「わかりやすさ」の徹底追求が、 ブランドを育てる

小林製薬株式会社代表取締役会長 小林一雅 氏(右) ✕  神戸大学名誉教授 石井淳蔵 氏

「アンメルツ」「熱さまシート」「ブルーレット」「消臭元」「アイボン」……ユニークな商品群と一目瞭然のネーミングを強みに、独自のポジションを獲得してきた小林製薬。“あったらいいな” をカタチにしてきたそのマーケティング戦略には、小林一雅会長の確たる経営哲学が裏打ちされている。日本のマーケティング研究の第一人者である石井淳蔵氏が解き明かす「小林流経営の神髄」―。

経営のあらゆる面において、「わかりやすさ」を求めてきた

―小林会長は、28年間にわたって小林製薬の社長を務め、その間、卓抜なマーケティングで多くの大ヒット商品を生み出されました。医薬品卸業であった御社をメーカーに転換させ、企業ブランドとして確立された方でもあります。そこで、マーケティングとブランド論がご専門の石井先生との語らいから、小林製薬の強さの秘密を浮き彫りにできればと思います。

石井 会長が今年上梓されたご著書(『小林製薬 アイデアをヒットさせる経営』PHP研究所)を、大変面白く拝見しました。あの本で、「『らしさ』の追求がブランドを育てる」と言われていますね。じつは、私の新著『進化するブランド』(碩学舎)でも、同主旨のことを書いております。本で取り上げた無印良品やカゴメ、阪急電鉄などは、いずれも「らしさ」を大事にしてきた企業です。そこに、日本企業ならではのブランディングの核があるように思います。会長がお考えになる「小林製薬らしさ」とは、どのようなことでしょうか?

小林 何よりもまず、「understanding」―「わかりやすさ」だと思います。商品名、パッケージデザイン、広告、販促方法、製品コンセプト……そのすべてにおいて、「いかにお客様にわかりやすく伝えるか」を徹底追求してきたのが小林製薬です。

石井 江崎グリコの創業者・江崎利一さんも、わかりやすさを何より重視され、商品名も「グリコ」「ビスコ」のように、3~4字で終わるシンプルなものを好まれました。会長のお考えと通じます。

小林 そうですね。うちはもっと徹底していて、ネーミングなどの商品周りだけではなく、組織のありようやリーダーシップなど、あらゆる面でわかりやすさを最重視してきました。

石井 リーダーシップにおけるわかりやすさとは、経営者として社員にわかりやすく伝えるということでしょうか?

小林 そうです。経営者はとかく、自分の力を誇示するために、社員に難しい言葉で語ろうとしがちです。言いたいことを平明に語るのは、じつは非常に難しい。

石井 そういえば、私が大学院生だったころ、指導教授に対して言いたいことがうまく説明できずにいると、教授に「それ、大阪弁で言ってみぃ」とよく言われました。大阪弁で言い直してみると、わかりやすく語れるんですね。なので、私もよく、説明に困っている学生には「大阪弁で言ってみぃ」と言うんです(笑)。

小林 そういう工夫が大事です。

石井 御社の「わかりやすさの追求」がいちばんよく表れているのは、やはり商品名ですね。「熱さまシート」「のどぬ~るスプレー」「ブレスケア」「糸ようじ」など、一目瞭然のネーミングが多い。

小林 ええ。名前を聞いたらすぐに効能や役割がわかるネーミングを心がけてきました。一時期、その手のネーミングがブームになりましたが、いまはもう下火になっています。でも、うちは流行など関係なく、メーカーとして出発したころから現在まで、何十年もわかりやすさにこだわり続けてきました。その愚直な持続が力になっています。

開発力が優れているのではなく、「執念」が勝っているんです

石井 御社は、「〝あったらいいな〟をカタチにする」というブランドスローガンで知られています。言い換えれば、お客様に「そうそう、こういうのが欲しかったんだよ」と言ってもらえる商品を出し続けてこられました。
これは難しいことで、開発前にアンケートで「どういう商品が欲しいですか?」と聞いても、ヒット商品になるようなアイデアは消費者からは出てこないものです。つまり、消費者が潜在的に求めているけれど、まだ意識すらしていないニーズを、メーカー側が掘り起こさないといけない。そのためのコツがあれば、ご教示いただければと思います。

小林 どこのメーカーも、「新製品開発をやらねば」と思っているわけです。その中でなぜ小林が少し優位なポジションを取れているかというと、これはほんのちょっとした差ではないかと思います。「執念」と言ってもいいかもしれません。

石井 コツやノウハウというより、新商品開発にかける執念の強さが、他社を上回っているということですね。

小林 そうです。私は「新製品開発こそ小林の命だ」と社員に言い続けてきて、そのための仕組みもいろいろつくってきました。代表例が「アイデア提案制度」で、社長以下の全社員が月に1つは新製品や業務改善のアイデアを出すことを義務づけたものです。1982(昭和57)年に始めて以来、もう40年続いていて、年間約5万6000件ものアイデアが毎年提案されています。
ただ、提案制度から生まれた大ヒット商品が多いかといえば、そうでもありません。よく「提案制度からいくつくらいヒット商品が生まれたんですか?」と(記者などに)聞かれるんですが、「それは意味のない質問ですよ」とお答えするんです。提案制度からヒット商品が生まれることもありますが、出なくても構わないのです。それより、全社員が常に新製品のアイデアを探して、四六時中「何かないか?」とアンテナを張っていること、そして「新製品開発こそ小林の命だ」と皆が肝に銘じること―それ自体が大切なのです。

石井 御社のような提案制度を持つ会社は少なくありませんが、多くの場合、だんだん提案数が減っていくんですね。そして、「こんな制度を続けていても無意味だ」とやめてしまうパターンが多いようです。

小林 そうですね。大抵は5年くらいでやめてしまいます。でも、「新製品がなかなか生まれないから無意味だ」というのは間違いで、制度を続けることに意味があるのです。そう考えると、うちの提案制度が40年続いていて、しかも年間5万6000件の提案数を維持しているのは、素晴らしいことだと思います。その持続自体が濃い血となって会社に流れ通っているんです。それが、社員たちの新製品開発に向ける執念となっている。開発力や発想力が他社より優れているというより、執念で勝っているんです。

石井 つまり、「アイデア提案制度」は、人材を磨き、新商品開発の重要性を浸透させるための研修制度でもあるわけですね。

小林 そうとも言えるかもしれません。

徹底的にターゲットを絞る「小さな池の大きな魚」戦略

石井 「小林製薬らしさ」が表れたもう1つの大きなポイントとして、御社が一貫して取ってこられた「小さな池の大きな魚」と呼ばれる戦略がありますね。

小林 はい。これはメーカーとしては後発の小林が、先発の大企業群に勝つために取ってきた戦略です。

写真 小林一雅氏(小林製薬提供)
   石井淳蔵氏(撮影 中村ノブオ)
構成 本誌編集長 前原政之


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年11月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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