『理念と経営』WEB記事
巻頭対談
2022年10月号
いま再びのベンチャー精神を!

ペガサス・テック・ベンチャーズ代表パートナー兼CEO アニス・ウッザマン 氏 ✕ 一橋大学名誉教授/法政大学大学院教授 米倉誠一郎 氏
米シリコンバレーでスタートアップの水先案内役を担うアニス・ウッザマン氏は「シリコンバレーは日本を求めている」とエールを贈り続けてきた。日本の国力・経済力の低迷ばかりが叫ばれるなか、世界を知るベンチャーキャピタリストの目に、日本はどのように映っているのか。日本企業のイノベーション創出に尽力してきた米倉誠一郎教授との対談から見えてきた中小企業の進むべき道―。
「ないもの」を嘆くのではなく、「あるもの」に目を向ける
―お二人の共著『シリコンバレーは日本企業を求めている』(ダイヤモンド社)を拝読しました。日本企業の底力を高く評価し、それを生かす方途を探った同書は、経営者たちに希望の光を贈る内容だと思いました。
アニス 海外から見ると、日本はとてもいい国なんですよ。安全で安定した国だし、労働人材の能力レベルが高くてバラつきがないし、テクノロジーの基礎的なレベルも高い。
私は子ども時代を、日本の電化製品に囲まれて育ちました。わが家のテレビはソニー製でしたし、冷蔵庫は日立製でした。日本企業からイノベーションが生まれなくなったと言われて久しいですが、それでも技術開発力はいまでも高いと思います。
米倉 アニスさんの言う通りだと思います。BBC(英国放送協会)が世界22カ国の人々を対象に毎年行う調査では、日本は「世界に良い影響を与えている国」の項目でベスト5の常連で、1位になった年も何度かあります。そのことが象徴するように、世界から見た日本の信頼度は、いまもとても高いのです。
―日本の国力・経済力の低下を憂える論説ばかりが目立つ昨今ですが、それでも日本はまだまだ強い、と……。
米倉 そうです。日本は長期的な経済低迷が続いていますが、そういう危機のときに大事なことは、「ないもの」を嘆くのではなく、「あるもの」に目を向けることです。「イノベーションを生み出すクリエイティビティ(創造性)が日本企業には足りない」と嘆くより、「底力はあるし、ものづくりはうまいのだから、クリエイティビティの高い海外企業と組めばいい」と考えるべきなのです。
「イノベーションの父」と呼ばれたシュムペーターは、「新結合」――既存のもの同士の新しい組み合わせがイノベーションを生むと定義しました。
だからこそ、日本企業もシリコンバレーのスタートアップと組んでイノベーションを起こしていくべきだというのが、われわれの共著の主張です。
―アニスさんからご覧になって、シリコンバレーで日本企業への注目度は上がっていますか?
アニス 上がっています。また、私がペガサス・テック・ベンチャーズを設立してからの11年間で、日本企業側のベンチャーとの関わり方が変わってきました。大企業がベンチャーとの関わりを重視するようになってきましたし、日本政府もそれを後押ししているのです。
米倉 日本の大企業は「失われた30年」の間に〝高い授業料〟を払って学んでいなければならなかったのです。受験生に例えれば「30浪」しているということですから(笑)、そんなに受験しても受からないということは、勉強のやり方が根本的に間違っている。だから、変えていかないといけない。その一つが、ベンチャーとの関わり方とオープン・イノベーションへの変化なのだと思います。
10年くらい前は、日本の大企業はベンチャーを軽視していたし、シリコンバレーに行っても「自分たちがベンチャーを選ぶ側だ」と勘違いしていました。
実際にはスタートアップのほうが組む相手を選ぶ立場であり、選ばれる強みがなければ相手にされないということに気づいた。だからこそ、シリコンバレーで水先案内人の役割を果たすペガサスのような会社が注目されているのです。
アニス そのいちばんいい例がテスラですね。テスラが2003(平成15)年に誕生したころ、大手自動車メーカーは軽んじていたと思います。ところが、19年後のいま、テスラは時価総額で世界一大きな自動車会社になりました。ほかの自動車会社すべての時価総額より、テスラ一社の時価総額のほうが大きいのです。
米倉 テスラは創業直後から日本企業と提携していましたが、そのうちのいくつかは途中で提携を解消してしまいました。先見の明がなかったというか、ベンチャーを軽視していたのでしょうね。その後テスラの時価総額は日本の全自動車メーカーの時価総額よりも大きくなって、いまや完全にあちらが「選ぶ側」です。
日本企業に足りないのは、変化に対応するスピード感
―何から何まで自社でやろうとする日本企業の「自前主義」が、世界のビジネスシーンの急激な変化に乗り遅れる足枷になっていると、よく指摘されます。その点も変わってきましたか?
アニス いいえ。私は日本企業の方々と接する機会が多いですが、みなさん、まだ自前主義を捨てられていません。経営者レベルでは捨てられても、エンジニア層は「自社でできる技術力があるのだから、自社でやるべきだ」という自負心が強すぎます。
いま、ベンチャーキャピタルの投資サイクル―― 一つの投資ステージを終えるまでの期間は、平均18カ月です。それは技術の変化に合わせたサイクルで、それ以上かけて研究開発しても、もう次の技術が生まれてしまっていて遅いということです。でも、自前主義でやろうとする限り、その18カ月間のサイクルには間に合わないのです。
米倉 要するに、昔とは「ゲームのルール」が根本から変わってしまったのですね。野球がサッカーになったくらいの変化が起きた。なのに、日本企業はそれに気づかずに野球のルールのままでビジネスをやってきた。それが「失われた30年」になってしまった一つの要因だと思います。
アップルの「iPhone」に対して、『日本経済新聞』に「iPhoneを解剖したら、部品の8割は何と日本製でした」と誇らしげに謳った広告が載ったことがあります。私はそれを見て「恥ずかしい」と感じました。日本企業の技術力が高いのは確かですが、結局それらを統合して利益をあげているのはアップルなんです。部品がすごいということは、決して誇れるようなことじゃない。
もはや自社の技術力だけで勝負する時代は終わっていて、オープン・イノベーションでスピーディーに開発する統合力が求められているのに、日本企業はそれがわかっていなかった。みんながもうサッカーのルールで戦っているのに、「俺たち、野球うまいんだぜ」と威張っていたようなものです(笑)。
アニス 米倉先生がいま言われたような勘違い、それから先ほどの「ベンチャーはダメだ」という勘違いの根底にあるのは、日本とアメリカのベンチャー環境の違いだと思います。というのも、日本の大企業にはテクノロジー系が多いのに、日本にはテックベンチャーが少なくて、コンシューマー(一般消費者)系が多いのです。
日本のテクノロジーを支えてきた、東京大学や東京工業大学などの工学部の学生たちは、ほとんど起業をせず、大企業に就職します。
対照的に、アメリカのスタンフォード大やMIT(マサチューセッツ工科大学)の工学部を出た学生で、大企業に就職する人は極めて少ない。ほぼみんな起業するのです。そういう違いがあるので、アメリカでベンチャーがイノベーションを推進していることがわかりにくかった。
私どもが日本企業にシリコンバレーのスタートアップとの提携を勧めても、「まずは国内のベンチャーと提携してみて、そのあとで考えます」と言われることがよくあります。でも、日本のベンチャーにコア技術を扱っている会社は少ないため、うまくいかないことが多かったのです。
米倉 日本を代表する大企業は、松下(現・パナソニック ホールディングス)もソニーもトヨタも、みんなテクノロジーの会社です。いまもそこが強いのは間違いない。でも、どんなに強い企業も自前主義ではやっていけない時代だから、世界トップレベルのスタートアップと連携して、オープン・イノベーションで迅速に開発を進めないといけない。そこのところがまだうまく回っていないわけですね。
世界に向けてアンテナを張らないといけない
―ここまでのお話で、「その通りだと思うけど、われわれ中小企業の経営者には、シリコンバレーの企業と提携するなんてハードルが高すぎるな」と感じた読者も多いと思いますが……。
アニス いや、私はハードルが高すぎるとは思いません。アメリカのベンチャー企業は、トータルで約35兆円にも達する巨大マーケットです。日本の中小企業が入り込む余地はまだたっぷりとあります。
撮影 中村ノブオ
構成 本誌編集長 前原政之
本記事は、月刊『理念と経営』2022年10月号「巻頭対談」から抜粋したものです。
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