『理念と経営』WEB記事

「伴走型」事業承継のすすめ

静岡県立大学 経営情報学部 教授 落合康裕 氏

企業が存続・成長していくうえで、避けて通れないのが事業承継だ。その対策として中小企業が押さえておきたいポイントとは――。企業の事業承継について経営学の観点から研究する落合教授に聞いた。

M&A増加で生まれた新たな課題

――落合教授は事業承継が研究テーマの一つと伺っています。日本企業の事業承継の現状をどう見ていますか。

落合 かつては優れた技術を持ちながら身内に後継者がいなくて、休業や廃業に追い込まれる中小企業が少なくありませんでした。近年はM&A(合併・買収)市場の拡大もあって、後継者難で休廃業になるケースが改善されていることは評価すべき点です。しかし、事業承継型M&Aで全て解決する訳ではないことにも留意する必要があります。

――後継者や事業の引き受け手が見つかったら、それでいいということにはならないのですか。

落合 外部から経営者を連れてくるだけでは、経営者の引き継ぎを行っただけのこと(「点」としての事業承継)に過ぎません。むしろ、新しい経営者が事業を発展させ、それを次の世代、さらにその次と継続していく、その一連の「プロセス」こそが事業承継の本質なのです。

――うまくいっている事業を基盤ごと引き継いだのだから、もう安心だとはならないのですね。

落合 その通りです。政治、経済、社会、技術、自然、あるいは業界構造といった事業を取り巻く環境は常に変化しています。先代が成功したのは、そのやり方が当時の環境に合っていたからだといっていいでしょう。だから、後継者は、ヒト・モノ・カネ・情報といった資源を引き継いだら、現在の環境でそれらを最も効果的に活用する方法を、自分で考えなければならないのです。

単に先代の経営を模倣してもうまくはいきません。すでに基盤があるから楽に成功できるというわけではないのです。また、そういう意識と覚悟がない人は、いくら能力があっても、後継者には不向きだといえます。

後継者の前に立ちはだかる壁

――そういう後継者としての当事者意識を持たせるには、やはりM&Aなどで外部から連れてきた人よりも、自分の子どものような同族のほうがアドバンテージがあるような気がします。

落合 そうですね。確かに事業承継型M&Aであれば、能力のある後継者を確保できるかもしれませんが、一方で家業にコミットメントを持つ後継者を確保できるかは定かではありません。経営成果を出すことができず、経営者の交代が繰り返されたりするのでは、良い事業承継型M&Aとはいえません。

その点、経営者が、将来の後継者である実の子どもと長い間一緒にいて、働く姿を見せたり、事業に対する思いや考え方を伝えたりできるファミリービジネスは、情操教育の段階から当事者意識を醸成するのに向いているといえます。少なくともそういう環境に育ったら、先代から引き継いだ事業を途中で投げ出そうとは思わないでしょう。なんとかうまく経営して、いい状態で次の世代に手渡そうと必死で努力するはずです。

ただ、いくら幼いころから先代の薫陶を受け、後継者としての当事者意識を持っていたとしても、それだけではまだ不十分です。事業承継を成功させるには、乗り越えなければならない壁があと2つあります。

1つは、いかにして従業員から受け入れられるか、もう1つは、先代が築いた取引先や金融機関との良好な関係を、どうやって継続するか、この2つです。

―なるほど、先代の同族だからといって、従業員がみな快く受け入れてくれるという保証はない。

落合 先代は、自分のやり方できっちり実績を上げてきた、だから従業員は、この社長なら間違いないと信じ、ついてきてくれたのです。

ところが、後継者には肝心の実績がありません。たとえ先代のDNAを受け継いでいても、経営手腕は未知数です。ましてや年齢が若いとなると、仕事に関して自分たちのほうが上だという自負のある経験豊富なベテラン陣は、そう簡単には指示に従ってくれないかもしれません。事業承継を「点」で考えていると、容易にこういう事態が起こり得ます。

――だから「プロセス」で考えるべきだということですね。具体的にはどうすればいいのですか。

落合 私は、以前から「伴走型」事業承継(「プロセス」としての事業承継)を提案しています。最近、行政機関においても中小企業の伴走支援の取り組みを始められているのは良い傾向だと思います。「伴走型」事業承継では、後継者にいきなりすべての権限を委譲するのではなく、助走期間を設け、その間は先代が伴走しながら成長に応じて段階的に権限を渡していくもので、事業承継型M&Aにも応用できる考え方です。

例えば、東京のある老舗食品製造業の社長に就任した後継者の場合、幼少期から将来は社長を継ぐことが予定されていました。大卒後、大手金融機関で数年勤めてから家業に入社しました。最初、仕入部門に配属されベテラン社員の下、仕事の基本を学びます。その後、同社の成長分野である海外市場開拓の任にあたります。海外現地法人の管理者を皮切りに、複数の海外出店を成功させるなど、同社の海外事業の先駆者として経験を積んでから、本社部門の責任者に就任しています。このように先代幹部にない経験を積ませることで、後継者は本社部門の先代幹部に対しても、対等に渡り合える交渉力を習得するのです。

取材・文 山口雅之
撮影 編集部


この記事の続きを見たい方
バックナンバーはこちら

本記事は、月刊『理念と経営』2022年9月号「特集」から抜粋したものです。

理念と経営にご興味がある方へ

SNSでシェアする

無料メールマガジン

メールアドレスを登録していただくと、
定期的にメルマガ『理念と経営News』を配信いたします。

お問い合わせ

購読に関するお問い合わせなど、
お気軽にご連絡ください。