『理念と経営』WEB記事

スマートロックが開く新しい未来

株式会社Photosynth(フォトシンス) 代表取締役社長 河瀬航大 氏

フォトシンスは、ドアを開け閉めする「鍵」という世界にイノベーションを起こしつつある企業だ。同社を率いる河瀬航大さんは、事業を通してどんな未来をつくり出そうとしているのか。

従来の「空間」の概念を自由化する

同社の主力製品である「Akerun(アケルン)」は、既存のドアに手軽に後付けすることで、スマートフォンやICカードでその開閉をできるようにするものだ。この「後付け型のスマートロック」は世界初の製品であると同時に、単にドアの開け閉めを簡易にしただけのものではない。河瀬さんは「Akerun」について、社会のありようや働き方そのものを変えていく可能性を語る。

「私たちはこの商品のコンセプトを『鍵を自由化する』と表現しています。言い換えれば、従来の空間という概念を自由化するということ。あらゆる人が、これまで鍵で分断されていたさまざまな空間を自由に行き来できれば、人の労働力が自由化され、『会社』という箱に囚われない生き方ができるようになると考えているからです」

同製品の顧客は累計7000社以上。企業の入退室管理やコワーキングスペースなどに多くの引き合いがあり、製品の発売以来、ソフトウエアによるさまざまなアップデートも行われてきた。〝誰がいつ室内に入ったか〟をクラウドサーバーで管理したり、鍵を開け閉めする権限を自由自在に設定したりすることもソフトウエアで可能となった。「クラウド型入退室管理システム」としての「Akerun」は、そうした「進化していく鍵」であり、いずれはさまざまなものとクラウドサーバーを通して繋がっていくという。

河瀬さんが語る「鍵の自由化」とは、そのことが「社会の働き方を変える力を持っている」という意味だ。

「例えば、ある場所でAというプロジェクトに数時間だけ関わって、次の場所に移動して今度はBというプロジェクトの仕事をする。そうした自由な働き方を『Akerun』は可能にします。あらゆる人の働く場所が自由化されると、雇用形態や不動産も分散化されていくはず。将来的には未来のそんな流れに不可欠な商品になっていくと考えています」


「Akerun」の仕組み

なぜ鍵だけが旧態依然のままなのか

河瀬さんが「Akerun」のアイデアを思いついたのは、前職の株式会社ガイアックスに勤めていた2014(平成26)年のことだった。ガイアックスは起業家を輩出する企業として知られ、当時の彼は13年に始まったネット選挙に関するプロジェクトに携わっていた。

そんなとき、他の企業で働くエンジニアなどの仲間と飲み会をした際、「あらゆるものがIT化されている時代に、なぜ鍵だけが旧態依然のままなのか」という話題になった。

「友達や恋人に鍵を渡すのって案外面倒くさいし、なくすことも多いよね」

そんな会話の後に調べてみると、誰もが持っている「鍵」は4000年前から基本的な形が変わっていないこともわかった。しかし、なぜ、あらゆるものやサービスがデジタル化されている今、「鍵」だけが以前のままなのか――。

議論は盛り上がり、鍵にもまた必ずデジタル化の流れがやってくるだろう、と彼は確信した。その後の行動が早かった。6人いたメンバーは事業開発や機械設計、ソフトウエアのプログラムなどの担当に分かれ、「実際にプロトタイプ(試作品)を作ってみよう」と、それぞれの仕事が終わった後、一つの部屋に集まって「Akerun」の原型となるものづくりを始めたのだ。

「あのときの雰囲気をいまも忘れられません」と河瀬さんは言う。

「みんなでワイワイと『新しいもの』を作っていく感覚。土日もずっと熱中していました」

半年後、プロトタイプが完成し、ドアに張り付けてスマホをかざした時のことだ。

鍵が「ガチャ」と音を立てて90度回転した瞬間、鳥肌が立つような気持ちを彼は抱いた。当時、後に彼らが発信する「スマートロック」という言葉はまだなく、世界初の「何か」をいま自分たちの手で確かに作り上げたのだ、という思いが湧きあがってきた。

取材・文 稲泉 連
写真提供 株式会社Photosynth


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年9月号「スタートアップ物語」から抜粋したものです。

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