『理念と経営』WEB記事

私の経営者人生は逆境から始まった

株式会社Panoma 代表取締役会長 葭野一恵 氏

弟の病を機に家業が危機に瀕し、事業を継いだ一人の女性がいる。売上23億減の苦境に立たされながらも3年で見事黒字化。そして昨年には下請け仕事の約7割を手放す覚悟を決めた――逆境を乗り越え、さらに挑戦する女性経営者の姿に迫る。

後継者候補の実弟が骨髄がんを発病し、ドナー探しに奔走する

株式会社Panomaは、住宅などのリフォームやリノベーション、インテリアコーディネートを主な事業としている。葭野一恵・現会長の両親が家具店として創業した会社であり、そこからマンションのモデルルーム事業などに軸足を移した。

葭野さんには元々、家業を継ぐ気持ちはなかった。弟の高志さんが後継者になると考えていたからだ。ところが、大学卒業後、TOTO(当時は東陶機器)に入社して一年目に、高志さんは「骨髄異形成症候群」という骨髄のがんを発病。治療には白血球の型(HLA)が適合する骨髄の移植が必要だが、当時はまだ日本に「骨髄バンク」はなかった。そこから、適合するドナー(提供者)を探す闘いが始まった。適合する確率は4~5000人に一人。確認のための血液検査には一人数万円かかったという。

両親は経営を社員の一人に任せ、ドナー探しに奔走した。葭野さんは上司に「弟の見舞いに行くため、残業を減らしてほしい」と話した。すると、「うちの社員もドナー探しに協力してもらえるように声をかけよう」と協力を申し出てくれた。

この活動の1年後、骨髄バンクが設立された。その過程では、当時TOTOの顧問を務めていた王貞治さんが、厚生省(当時)のバンク設立キャンペーンのキャラクターを無償で引き受けてくれたという。

約2年後、やっと適合者が見つかったが、時すでに遅く、高志さんは21歳の若さで世を去った。

「もっと早く骨髄バンクができていれば、弟は助かって、うちの会社は彼が継いでいたかもしれません」

運命の不思議な巡り合わせで、葭野さんは経営者としての道を歩み始めた。



骨髄バンク設立(1987年)当時、メインキャラクターを務めた王貞治氏(左)と葭野会長の弟・高志さん(中央)

組織崩壊、夫とのすれ違い、不況――売上23億減からの出発

高志さんの没後、両親は血液を提供してくれた数千人に、一人ひとりお礼をして回った。その間、経営が人任せになったことで、社内にはいつしか派閥が生まれ、社員同士がいがみ合う内部崩壊状態になった。

「当時、会社は20数億円の売り上げを上げていましたから、両親の目が届かなかった間に〝パイの奪い合い〟が起きたという感じです」

その果てに多くの社員が去り、約50人いた会社は4人にまで減っていた。

「そのころ、父から私に、『お前が継いでくれるなら会社を続ける。そうでなければ、もう畳もうかと考えている』という話がありました。インテリアの仕事は女性が多いので、女性社長のほうが良いという判断もあったと思います」

当時、葭野さんは41歳。20代でTOTOを退職し、中小企業経営者の夫を支えつつ、小学生2人の育児をしていた。

「経営はわからなかったので、迷いましたが、家業の危機を見過ごすわけにはいきませんでした。とくに、残ってくれた社員4人と新人を絶対に裏切りたくないという気持ちが強かったですね」

だが、思わぬ伏兵が現れた。夫が、「君が継ぐことには絶対に反対だ。僕が継ぐならいい」と言い出したのである。葭野さんはショックを受けた。対等な関係だと思っていたのに、「妻が自分より上の立場になるのは許せない」という気持ちが透けて見えたのだ。

葭野さんは夫の反対を押し切って社長となり、そのことも要因となって、ほどなく離婚をする。

社長に就任した2008(平成20)年は、リーマンショックの年だ。その余波は当然、住宅業界にも及んだ。

「とくに、うちの会社は当時、マンションのモデルルームの建設からインテリアコーディネートまでをまとめて請け負う仕事が多かったので、不況の影響をもろに受けました」

取引先の約3分の2が、次々と倒産していったという。その上に社員が激減していたこともあり、売り上げは大きく下落。就任翌年は前年から23億円も減って4億円となり、翌2010(平成22)年はさらに減って3億円にとどまった。葭野さんの経営者としての人生は、最大の逆境から始まったのだ。

取材・文 前原政之
撮影 編集部


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年9月号「逆境!その時、経営者は…」から抜粋したものです。

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