『理念と経営』WEB記事

第27回/『イノベーション道場――極限まで思考し、人を巻き込む極意』

著者の実績を踏まえたイノベーション入門

著者の高岡浩三さんは、2010年から20年まで、「ネスレ日本」の代表取締役社長兼CEOを務めました。ネスレ日本を定年退職後は、個人会社「ケイアンドカンパニー」を設立し、代表に就任。ビジネスプロデューサーとして幅広く活躍中です。

また、現在は《本気でイノベーションを起こそうと取り組むビジネスパーソン向けに、「高岡イノベーション道場」というプログラムを主宰》しています。

本書は、そうした著者の経験を踏まえたイノベーション入門です。
書名が示すとおり、ビジネスの世界でイノベーションを起こしたいと考えている人に、必要な心構えなどを教える実践的な内容となっています。

高岡さんには、『理念と経営』の本年(2022年)4月号の巻頭対談にもご登場いただきました。それは経営学者の名和高司先生(一橋大学ビジネススクール客員教授)との対談で、テーマは「パーパス経営」でしたが、イノベーションについてもかなり紙数を割いて語られています。
本書とその対談を併読すれば、高岡さんのイノベーション論がいっそう深く理解できるでしょう。

イノベーションをテーマにした経営書はすでに汗牛充棟ですが、本書が類書と大きく異なるのは、著者自身が経営者として多くのイノベーションを起こしてきた実践者でもある点です。

高岡さんはネスレ日本のCEO時代、インスタントコーヒーの新たな市場を切り拓いた画期的ビジネスモデル「ネスカフェ アンバサダー」を生み出し、大成功させたことで知られます。ほかにも多くのイノベーションを起こし、スイスのネスレ本社から「ジャパンミラクル」と称賛されるほど、ネスレ日本を急成長させました。
前掲の対談で名和高司先生も言う通り、高岡さん自身が《「マーケット・イノベーション」の達人》なのです。

本書のイノベーション論は、そうした豊富な実績に裏打ちされています。だからこそ、主張の一つひとつに説得力があるのです。机上の空論は一つもなく、高岡さん自身が起こしたイノベーションの舞台裏も詳細に語られています。

イノベーションを起こすための思考法とは?

全6章から成る本書の第1章では、まず「イノベーション」が再定義されます。《いまだに誤解や勘違いが多く、何を目指せばいいのか曖昧になっているイノベーションの概念を、わかりやすく解きほぐ》す内容です。

日本には、イノベーションが技術革新や画期的発明“のみ”を指すという誤解が根強くあります。
そのため、テクノロジー系ではない企業の経営者が「うちの会社にはイノベーションなんて関係ない」と思ってしまったり、「イノベーションは天才が生み出すものだから、自分のような凡人には関係ない」と思ってしまったりするのです。

著者は、そうした誤解を正していきます。

《本書は、イノベーションを単なる偶然として捉えません。一部の才能豊かな特殊能力を持った人だけが成し遂げるものとしても捉えません。
 順を追って思考し、実行すれば誰にでも実現できるものと捉えます。イノベーションはひと握りの天才が成し遂げるインベンション(発明)ではないからです》

《イノベーションは技術革新のみならず、営業でも、人事や経理などのバックオフィスでも、視点と考え方ひとつであらゆる分野に生み出せるものです。
 世界を席巻し、今や常識になった「トヨタのカンバン方式」や「アマゾンの配送システム」なども、特筆すべきイノベーションです。これらのイノベーションに、誰も想像できなかった技術革新が使われているわけではありません》

前掲の『理念と経営』の巻頭対談で、高岡さんは次のように語っていました。

《僕にとってのイノベーションの定義は、「顧客が抱える問題の解決から生まれる成果」です。(中略)顧客が抱える問題には二種類あります。一つは、顧客も気づいているけど、解決するのは無理だとあきらめている問題。もう一つは、顧客がまだ認識すらしていない問題です。二つのうちの後者――顧客が認識していない問題を発見し、それを解決する成果だけが、真のイノベーションだと僕は考えています》

本書もまさに、そのようなイノベーション観に基づいて書かれています。
そして、《イノベーションは突然のひらめきではなく、順序立てて考えるスキルである》と考える著者が、そのスキルを身につける方法を読者に伝授していくのです。

高岡さんが考案した、イノベーションを起こすための思考法「NRPS法」についても、詳しく解説されています。

「NRPS法」とは、「新しい現実(New Reality)の認知」→「そこから導き出される顧客が諦めている問題(customers Problem)の発見」→「顧客が諦めている問題の解決(Solution)」という3つの過程をまとめたもの。各プロセスの頭文字を取って命名されました。

詳細は本書に譲りますが、たしかに、「この思考法に沿って考えれば、イノベーションにつながるアイデアが得やすいだろう」と感じさせるものです。

イノベーション論としても秀逸

本書は、単純にイノベーション論として読んでも示唆に富む内容です。

たとえば、第3章「なぜ日本でイノベーションが起こらないのか」では、高度成長期からバブル期まで多くのイノベーションを生み出した日本企業が、その後失速してしまった理由が解き明かされます。

ここ30年ほど、日本企業からイノベーションがほとんど生まれなくなってしまったのはなぜか? 高岡さんはその理由を、①イノベーションの「目利き」がいない、②マーケティングの知識が不足している、③マッチングが不足している、④イノベーションに資金が流れていかない――の4つに分けて詳しく解説しています。

それは自らの経験を踏まえた見事な解説で、日本経済の「失われた30年」の背景分析として読むこともできます。

そのように、イノベーション論・日本経済論としても秀逸な内容ですが、本書は何よりもまず実践の書です。「イノベーションを起こしたい」と熱望している経営者に、そのための道筋を指し示してくれる本なのです。

高岡さんは本書で、多くの大企業が「サラリーマン経営者」に率いられ、しかも短い任期で交替してしまうことを、イノベーションの阻害要因として問題視しています。
《10年単位のスパンで成し遂げていくイノベーションに対して、彼らの任期は短かすぎるのです》と……。

逆に言えば、オーナー経営者が多く、10年単位のスパンで取り組みやすい中小企業のほうが、むしろ大企業よりイノベーションを起こしやすいとも考えられます。
中小企業経営者の背中を押してくれる一冊です。

高岡浩三著/幻冬舎/2022年4月刊
文/前原政之

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