『理念と経営』WEB記事

やるべきことは、生ききることだけ

作家・脚本家 中井由梨子 氏

千葉県船橋市にある市立船橋高等高校の応援曲「市船soul」。その作曲者・浅野大義君は、20歳の若さで亡くなった。今年5月に公開された映画『20歳のソウル』は、彼の人生を描いた実話である。原作・脚本を務めた中井由梨子さんに作品に込めた思いを伺った。

「攻めろ、守れ、決めろ、市船!」

2017年1月21日午前11時。千葉県船橋市の葬儀場で、がんで亡くなった20歳の青年の告別式が行われました。

青年の名は、浅野大義君。やがて私は彼の人生を『20歳のソウル』という本にまとめることになります。

私が大義君のことを知ったのは、その年の4月12日のことでした。朝日新聞の電子版の記事を読んだことがきっかけです。そこには大義君のことや葬儀のことが書かれていて、ご家族の友人が撮られた告別式の動画を見ることもできるようになっていました。

私は、記事を読み、そしてその動画を鳥肌が立つような思いで何回も見直しました。

大義君の告別式には、船橋市立船橋高等学校、略称「市船」時代に彼が所属していた吹奏楽部の友人たち164名が駆けつけてきたのです。涙ながらに大義君が慣れ親しんだ曲を演奏します。出棺の時。吹奏楽部の先生が「大義が創った曲だ。いくぞ!」と叫ぶと、テンポのいい曲が始まりました。

市船の応援曲『市船soul』です。

「攻めろ、守れ、決めろ、市船!」

甲子園の地区予選大会で、この曲が流れると市船はチャンスを得点につなげることができたというのです。告別式では「攻めろ、守れ……」のかけ声が「大義、大義、大義!」の大合唱になりました。それは棺が見えなくなるまで続いたのです。

みんながこの青年のことを思う気持ちが伝わってきます。いったい、これは何なのだろう。彼のことを知りたいと思いました。

私は、39歳でした。脚本の仕事がだんだん少なくなり、アルバイトの事務職のほうが忙しく、いったい自分の本業はどちらなのだろうか、と悩んでいた時期でした。

“もう辞めよう。私には才能がない”とまで思い詰めていたのです。

大義君の話が書けたら、大義君と対峙することができたら、自分も “何者か”になれるかもしれない。そういう予感があったのです。



Ⓒ2022「20歳のソウル」製作委員会(写真提供:日活)


「音楽は人間関係だ」

最初にお会いしたのは吹奏楽部の顧問、高橋健一先生でした。高橋先生は真っ直ぐに相手の目を見て話す方でした。

何としても大義君の話を聞きたい。そんな私の必死さが伝わったのかもしれません。先生は大義君のこと、吹奏楽部のこと、ご自身の教育理念など本当にいろいろなことを話してくださいました。

大義は、目立ちたがり屋で、音楽が大好きな高校生だった。彼のトロンボーンは明るく大らかな音色がした。なにより常に相手の心に寄り添う優しさがあった……と。ますます大義君に興味を持ちました。

高橋先生は、部活は人間形成の場だと言います。「音楽は人間関係だ」が持論です。

楽器を上手く演奏するよりも、隣の友人のことを理解する人になってほしいと考えているのです。他者を認めながら、最終的には自己肯定感を高めていくことを第一義にしていて、何か事件が起こったら、すぐに練習を中止して話し合うのだそうです。

吹奏楽とは関係のない、札幌で行われる「YOSAKOIソーラン」祭りに毎年参加するのも、チームの団結心、他者を思いやる気持ちを培うためなのだそうです。

市船の吹奏楽部は、そんな部活でした。

   ※

大義君は、吹奏楽部に入部すると、たちまち高橋先生の魅力のとりこになっていきました。高橋先生の後を継ぐと言い、市船吹奏楽部独自の「吹劇(楽器演奏・歌・ダンスを融合させた音楽表現)」も、自分が同校の教師になって創り続けると語っていたそうです。

亡くなる2週間前。大義君は病院の許可をもらい、その年の定期演奏会を車いすに乗り観にきたのです。吹劇のテーマは「ひこうき雲〜生きる〜」。荒井由実さんの歌を原案にしたものでした。彼は、3時間の公演を観続けたそうです。体調を考えると、もうそのこと自体が「奇跡」でした。

その「ひこうき雲~生きる~」を作った時、高橋先生は大義くんは絶対に治ると思っていたそうです。「大義はどんな思いでこの吹劇を見たんだろう」そう言って吹劇の映像を見せてくださいました。私はそれを見て、「大義くんは勇気をもらったんじゃないか」と思えました。自分の人生を「生ききる」という答えを手にしたのではないかと。それが彼の希望になったのかもしれない、と感じました。大義くんのことがすごく愛おしくなり、カッコいいな、と思いました。



船橋市民ギャラリーで行われた「20歳のソウル展」
横断幕は大義君が亡くなった際、高橋先生が書いたものだという

取材・文 鳥飼新市
撮影 編集部
写真提供 船橋市


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年9月号「~映画『20歳のソウル』より~」から抜粋したものです。

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