『理念と経営』WEB記事
巻頭対談
2022年9月号
「一筋を貫く」ために、 変わり続ける

マブチモーター株式会社 代表取締役会長CEO 大越博雄 氏 ✕ 株式会社シナ・コーポレーション 代表取締役 遠藤 功 氏
玩具用モーターの開発から始まり、音響用、自動車用へと用途を柔軟にシフトしてきたマブチモーター株式会社は、どんな時代であろうと利益を出す確固たる経営基盤をつくり、68年にもわたって営業黒字を続けている。創業以来受け継がれてきた〝マブチ流経営〟の核心を、前ローランド・ベルガー会長の遠藤功氏に紐解いていただいた。
「小型モーター」で、〝金メダル〟を取るんだ!
遠藤 私は三菱電機にいたころ、最初の担当機種がモーターだったんですよ。中型モーターの輸出を担当しましてね。社会に出て最初にやった仕事がそれだったものですから、モーターには強い思い入れがあるんです。だからこそ、モーター一筋でやってこられた御社のすごさはよくわかります。
大越 ありがとうございます。私も、ローランド・ベルガーの日本法人会長をなさっていた遠藤先生のことは、よく存じ上げております。
遠藤 恐縮です。御社の強さは、何といっても「ぶれない」姿勢から生まれるものですね。創業以来、現在までずっと小型モーター一筋に歩んでこられました。
大越 そうですね。馬渕(隆一)名誉会長が、私どもにずっと言ってこられた言葉があります。それは、「一つの種目で金メダルを取るんだ。国体優勝じゃダメだ、オリンピックで金メダルを取らないといけない」という言葉です。あれこれ手を広げるより、小型モーターという〝一つの種目〟で世界一を目指すというのが、当社の一貫した姿勢です。専門分野を掘り下げていけばいくほど、いい製品も出せるし、お客様にも喜んでいただける……そこをひたすら追求してきました。
――馬渕名誉会長は、会長時代、弊誌にご登場いただきました(2013年2月号)。そのときにも「一本の錐のように、小型モーターに特化して、より深く入っていくことを選択した」と言われていましたね。
大越 ええ。まさにそういうことなんです。
遠藤 「専業の強み」であり、日本のものづくり企業のあり方の、一つの手本だと思います。ただ、エンジニア(技術者)は新しいことに挑戦したくなるものだと思うんですが、その点はいかがですか?
大越 一口に小型モーターといっても、極めようとすれば技術的に奥深いですから、「同じものをつくり続けて退屈」ということはないと思います。例えば、当社が主に扱ってきた「ブラシ付きモーター」の場合、接点の部分を改良して、いかに静音化するか、長寿命化するかなど、技術的にチャレンジすべきポイントはたくさんあります。
遠藤 なるほど。それと、御社の「ぶれない」姿勢としては、もう一つ、「標準化戦略」に徹してきたことがありますね。
大越 そうですね。お客様からのいろいろなカスタマイズ要求に応えるのではなく、いくつかの標準的な仕様に限定したモーターを大量に生産する戦略で、ずっとやってきました。
遠藤 私は三菱電機時代、いろいろな会社にモーターを納入しましたが、全部少しずつ仕様が違うんです。コストも高くなるし、納期はバラバラだし、往生しました(笑)。
大越 当社の場合も、なぜ標準化戦略を選んだかといえば、祖業である玩具用モーターの世界がカスタマイズありきの世界で、苦労したからです。取引先ごとにモーターの仕様が少しずつ違ったのです。しかも、おもちゃの世界は繁閑の差が激しくて、クリスマスが終わったら注文がなくなります。その間、ワーカー(従業員)は仕事がなくなり、工場は止まってしまう。でも、仕様を標準化しておけば、暇な時期には来年の繁忙期に向けてモーターをつくり続けることができます。
遠藤 玩具用モーターの世界で生まれた標準化戦略を、他の分野にも応用してきたわけですね。
大越 ええ。標準化して同じものを大量生産することによって、部品・材料も大量に仕入れることができるし、設備も変える必要がないので、コストが安くなります。管理もしやすいし、ワーカーも同じものをつくり続けるため、熟練して品質も高くなります。また、営業の人材も少なくて済みます。お客様から見ても、標準化したほうが価格は安くなり、商品の質も高くなるのですから、ウィン・ウィンです。標準化はいいことづくめなんですよ。
遠藤 でも、得意先から「こういうのをつくってよ」とカスタマイズ対応を求められることもあるのでは?
大越 それはありますが、標準化のメリットをよくご説明して、お断りしています。「どうしても」ということであれば、カスタマイズ対応が得意な他社さんを推薦します。
遠藤 なるほど。カスタマイズ対応の部分はきっぱり切り捨てているわけですね。
大越 ええ。当社は売上至上主義ではありませんし、得意分野に的を絞って質を高めていくことのほうが重要ですから。
遠藤 一般に、日本のメーカーは標準化が得意ではなくて、カスタマイズで特殊対応してしまいがちです。その結果、いいものはつくれても料金が高かったりして、標準化された海外のメーカーに競争で負けてしまう……そうしたことが多い中にあって、御社は標準化を徹底したからこそグローバルに成功したわけですね。
大越 はい。当社の強みは、小型モーター一筋に歩んできたことと、標準化戦略に徹してきたこと―2つの相乗効果にあると思います。
大きなリスクを避けるために先手先手で手を打ってきた
遠藤 「ぶれない」経営を貫く一方、御社は時代に応じて柔軟に変化してこられました。例えば、かつては主力だった玩具用モーターも、いまはほとんど生産していません。また、1990年代には音響・映像用(CDプレーヤーなど)モーターが売り上げの5割を占めていたのに、いまや自動車部品用モーターがメインです。いわば、「ぶれないために、変わり続けてきた」のが御社の歩みと言えそうです。
大越 おっしゃる通りです。時代に応じて環境はどんどん変わっていくわけで、変化に対応しないでいるとガラパゴス化して滅びてしまいます。小型モーター一筋を貫くには、それ以外の面で変わり続けないといけません。私が経営者としていちばん注力してきたのも、大きなリスクを避けるために先手先手で手を打つことです。
遠藤 大越さんが社長になられる前の香港駐在時代、CDの時代が終わることをいち早く見抜かれて、自動車用モーターへのシフトを強く主張されたことは、よく知られていますね。
大越 ストリーミング配信で音楽を楽しむ時代が始まりつつあったので、「(CDなどの)ディスクを回すモーターはあっという間にいらなくなるな」と危機感を抱いたんです。
遠藤 売り上げの半分を占めていた分野から撤退するというのは、重いご決断ですね。
大越 そうですね。当時は音響用モーターの絶頂期でしたし、幹部たちにはその分野の成功体験がありますから、撤退したくない気持ちも強いわけです。そこを丁寧に説得しました。
遠藤 音響分野に注力したままでいたとしたら、CD時代の終焉とともに御社も危機に陥っていたかもしれませんね。
大越 ええ。私は「想定外」という言葉が嫌いなんです。失敗をしたときに「想定外でした」と言い訳することは、他責以外の何物でもありません。CDプレーヤーがなくなっていくことは十分想定できるリスクでしたから、いち早く対応して然るべきでした。
遠藤 ただ、次の主舞台に選ばれた自動車業界は、求められる技術水準・性能水準が非常に高いですから、食い込んでいくのは大変だったのでは?
大越 おっしゃる通りです。当社は自動車の世界では経験値も低かったですし、知名度もありませんでした。売り込みに行くと、「おもちゃのモーターのマブチさんだよね? でも、自動車のモーターは世界が違うよ」などと言われてしまうわけです。
玩具用、音響用の世界では、標準化戦略が奏功して、当社は圧倒的に強い立場でした。お客様のほうから買いに来てくださったのです。自動車業界はそうはいかなかったので、やり方を変えました。
私自身も営業に出向き、対面で当社ができることをご説明しました。例えば、自動車のパワーウインドウ用、パワーシート用、パーキングブレーキ用に、それぞれ1つないし2つの標準品のモーターをつくる。そうしたやり方であれば、玩具用・音響用で培ってきた蓄積が生かせると説明したのです。1度目で相手にされなくても、2度、3度と行くうちに「そこまで言うなら」と仕事をもらえて、その製品が評価されて大口の注文をいただける……そんなふうに、少しずつビジネスが広がっていきました。
遠藤 閉じていた扉をこじ開けていったわけですね。
大越 ええ。売り込みに際しては、各用途のマーケットリーダーである会社に、最初にうかがいました。マーケットリーダーに採用されると、2番手・3番手・4番手はそこをベンチマークしていますから、「あそこが採用するなら、うちも」ということになります。そうした積み重ねで、いまや自動車関連モーターが売り上げの7割以上になったのです。
遠藤 68年間営業黒字を続ける長期安定経営を支えるのは、そうした変化対応力であり、その根底にあるのは地道な努力なのですね。
世界2万人の社員全員が、一つの「ファミリー」
遠藤 御社は、まさにグローバル企業ですね。生産拠点は1990(平成2)年の段階ですべて海外に移し、いまは売り上げもほとんど海外から上げています。大越さんも、社長時代には海外を飛び回られていたのでしょうね。
大越 ええ。一年の3分の1くらいは海外にいました。お客様のところに行くだけではなく、各国の工場と販売会社にも毎年必ず行きました。それは社長になったとき、「現場重視でいこう」と決意して、自らに課したことでもあります。
各国の工場を見学して、社員たちに社としての方針を説明して、その後は「Q&A会」を開いてじっくり語り合いました。そして、最後は宴会です(笑)。社長時代、特にコロナ禍が始まる前には、毎年そのくり返しでした。時差との戦いでもあったし、きつかったですが、やり切りました。
遠藤 グループ全体で2万人もの社員がいらっしゃるということですが、その全体が一つの「ファミリー」としての強い一体感を持っているのですね。
構成 編集長 前原政之
撮影 中村ノブオ
本記事は、月刊『理念と経営』2022年9月号「巻頭対談」から抜粋したものです。
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