『理念と経営』WEB記事

日本一のおもてなしは心を変えず、進化する

株式会社加賀屋  相談役 小田禎彦 氏

日本を代表する名旅館・加賀屋。「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で通算40回も総合1位を獲得している。なぜそれほど加賀屋は人々に愛され続けるのだろうか? 小田相談役に聞いた、不易流行の「おもてなし」――。

おもてなしの根幹は先代女将の志にある

石川県七尾市の和倉温泉を代表する加賀屋――。「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」(旅行新聞社主催)で通算40回も総合1位(36年間は連続1位)に輝くなど、日本の「おもてなし」の代名詞とすら言える老舗旅館である。

小田禎彦相談役は、創業者・小田與吉郎の孫として生まれ、社長・会長を長く務めた。1962(昭和37)年の入社以来、60年にわたって加賀屋の暖簾を守ってきた。

「私は創業者の時代を直接は知りませんが、創業の志というと、母から学んで受け継いだものが大きいと思います」

「母」――加賀屋のおもてなしの土台を築いた先代女将・小田孝さんのことだ。いまや全国最大級の旅館である加賀屋だが、116年前の創業当時は和倉温泉でいちばん小さな旅館だった。大発展の礎となったのは、孝さんが主導したおもてなしの素晴らしさが、口コミで広まっていったことだ。

孝さんの徹底したホスピタリティは伝説化している。「お客様が到着されてから帰るまでに、10回は部屋に行ってお茶を入れ替えなさい」と、客室係に課した時期もある。

「父(2代目・小田與之正氏)には母のおもてなしが過剰に思えたようで、『母さんみたいに、飴に砂糖をまぶすようなサービスをしていたら赤字になってしまう』とよく言っていました。母は、『やりすぎるくらいおもてなしをしてこそ、お客様はくり返しおいでてくださるんよ。そこまでやらんと駄目やがいね』と言い返していました」

お茶を10回入れ替えるのは、いまでは「プライバシーの侵害だから、あまり部屋に出入りしないで」と言われてしまう。そのように、おもてなしの形は時代によって変わっていくが、根底にある心は孝さんから連綿と受け継がれている。

「母は、お客様と直に接する客室係を、実の娘のように大切にしました。『おあ姉さん(孝さん)は、母親よりも私たちを思ってくれている』と、彼女たちがよく言っていたものです」

その志を受け継いで、加賀屋では「客室係の声は天の声であり、お客様の声である」という考え方が浸透している。だからこそ、客室係たちは誇りを持って接客に当たり、「陰日向なく」――誰が見ていようといまいと、常に一生懸命働く。それこそが、日本一のおもてなしの土台なのだ。



加賀屋の線客室からは美しい七尾湾を一望することができる

日本一に選ばれ続ける加賀屋の“不断の努力”

小田相談役は、1979(昭和54)年から2000(平成12)年まで社長を務めた。その間に行った2大改革が、料理自動搬送システムの導入と、企業内保育園付きの母子寮「カンガルーハウス」を建てたことだ。いずれも億単位の投資であり、「客室係たちが安心しておもてなしに徹するための改革」だった。

「日本一の旅館」に選ばれ続けるのは、お客様の期待値を上げ続けることにほかならない。仮に20年前と同じおもてなしをしても、期待値の上がったいまのお客様は、「日本一のおもてなしといっても、こんなものか」と落胆するだろう。

「おっしゃる通りです。だからこそ、おもてなしを少しずつ改善・進化させていかないといけません」

そのための大切な手がかりが、宿泊客の約8%が記入するアンケートだ。年間約25000枚に上るというそのアンケートに、小田氏はすべて目を通す。そして、5段階評価の1と2――「大変悪い」と「悪い」をつけたお客様の声を特に重視し、改善に結びつけていくという。

また、社員が働きやすい環境作りと、社員教育にも力を入れてきた。たとえば、2017(平成29)年には約7億円を投じて、単身社員用のマンション(社員寮)「クローバーハウス」を建設した。さらに、カンガルーハウスの介護バージョンを造ることも検討している。

「高齢化社会なので、親の介護のために辞めざるを得ないケースも出てきています。加賀屋のそばに自前の介護施設があれば、そこに要介護の親御さんを預けて安心して働けますし、親孝行もできます」

また、社員教育の柱の1つがアメリカで最先端のサービスを体験する研修ツアーで、過去30年間で約1000名が参加している。

取材・文 前原政之
撮影 編集部
写真提供 株式会社加賀屋


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年8月号「特集1」から抜粋したものです。

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