『理念と経営』WEB記事

第24回/『資本主義の先を予言した史上最高の経済学者シュンペーター』

シュンペーターを媒介としたイノベーション論

『理念と経営』にも何度もご登場いただいている、経営学者の名和高司先生(一橋大学ビジネススクール客員教授/京都先端科学大学ビジネススクール教授)の新著です。タイトルの通り、一冊丸ごと、経済学者シュンペーターについての解説書となっています。

ヨーゼフ・アロイス・シュンペーター(1883~1950)は、オーストリア生まれのアメリカの経済学者です。

《シュンペーターは「イノベーションの父」と呼ばれています。
  今から約110年前、シュンペーターが 29 歳のときに、「イノベーション」という概念を初めて世に問うたからです。
シュンペーターは、同時に「創造的破壊」や「企業家」(アントレプレナー)という言葉も生み出しました。
シュンペーターの理論は、現代に働くみなさんが知っておいた方がいいことばかりです》

本書の「はじめに」にそうあるように、シュンペーターは何よりもまず、イノベーション理論によって知られているでしょう。

ほかならぬ本書も、全3部構成のうちの第Ⅱ部のタイトルは「イノベーションとは何か」となっています。とかく誤解されがちなシュンペーターのイノベーション理論の解説に、第Ⅱ部が丸ごと充てられているのです。

その意味でこれは、当連載で3回前に取り上げた『イノベーションの競争戦略』(内田和成編著/東洋経済新報社)の類書といえます。シュンペーターというフィルターを通して語った、名和先生のイノベーション論とも言える内容なのです。

なぜ「いまこそシュンペーター」か?

本書でも詳しく解説されていますが、シュンペーターのイノベーション論の核となっているのは、「新結合(Neue Kombination)」という概念です。

既存のもの同士を結合させて新しいものを生み出すこと――言い換えれば「これまでとは異なる要素の組み合わせによって新たな価値を創造すること」こそ、シュンペーターの考えるイノベーションなのです(日本ではその点があまり理解されておらず、ゼロからの創造がイノベーションなのだと思われてしまっています)。

《この「新結合」こそ、デジタル時代にイノベーションを力強く牽引するものと期待されています。
 なぜだと思われますか?
デジタルの本質は、あらゆる情報を0と1のビットに変換してしまうことにあります。そうなると、これまで融合できなかったもの同士を融合させることが可能になります。
(中略)
デジタル時代は、100年前にシュンペーターが唱えた新結合の機会をいたるところに見つけることができます》

100年前よりもはるかに、新結合によるイノベーションが起きやすくなったのがいまという時代であり、だからこそ、シュンペーターが改めて脚光を浴びているのです。

そして、「なぜ『いまこそシュンペーター』か?」という問いのもう一つの答えとして、彼が資本主義の終焉を早くから予想していたことが挙げられます。

いま、世界中で「資本主義の行き詰まり」が語られ、それを打開する方途が模索されています。日本の岸田文雄総理が「新しい資本主義」を掲げていることは、象徴的です。

しかし、シュンペーターは80年も前に、主著の一つ『資本主義・社会主義・民主主義』(1942年)で、資本主義がやがて行き詰まることを予見し、その後にどうしたらいいかという答えも出していたのです。
本書のタイトルにいう「資本主義の先を予言した」とは、そのことを指しています。

以上2つの理由によって、21世紀のいまこそ光彩を放つシュンペーターの思想――その魅力に改めて迫ったのが本書なのです。

最高のシュンペーター入門にして、提言の書

本書は、シュンペーター入門としても非常に上質です。
シュンペーターの生涯が概観できるのはもちろん、彼の代表的著作である『経済発展の理論』(1912年)、『景気循環論――資本主義過程の理論的・歴史的・統計的分析』(1939年)、『資本主義・社会主義・民主主義』について、それぞれわかりやすく解説されています。

《本書でとりあげるのは、シュンペーターの主著の三書です。
 これを読み解ければ、イノベーションやシュンペーターの大切な思想がしっかりわかります。そこから今の私たちが何を学べるかを考えていきましょう。現代の偉大な経営者たち、イーロン・マスクや松下幸之助など、さまざまな例などを引きながら、シュンペーターの理論の何にあたるのか理解していきましょう》

名和高司先生の著作のうち、『CSV経営戦略』や、当連載でも取り上げた『パーパス経営』(いずれも東洋経済新報社)は、明らかに経営者・経営幹部向けに書かれた重厚な大著でした。

それに対して、本書はもっと一般向けに噛み砕いた内容になっています。
話し言葉に近い平明な文体で書かれていますし、イラストや図なども随所にちりばめられており、たとえば大学生が読んでもよくわかるでしょう。

シュンペーターの主著は、元の本で読めばかなり難解です。しかし、それらのエッセンスを巧みに抽出した本書は、まるでNHKの人気番組「100分de名著」のような感覚で、すんなりと理解できるのです。

とはいえ、単なる「シュンペーター入門」にはとどまらない、奥深い内容です。

《この本はそもそも、シュンペーターの思想を忠実に分析することを、はじめから目的とはしていません。シュンペーターという孤高の思想家を、現代に蘇らせることを意図したものです。
なぜなら、シュンペーターが 80 年前に予言したように、従来型の資本主義がいよいよ「終末への行進」を始めているからです。 そして今こそ、次世代のイノベーションとアントレプレナー精神が求められているからです》

本書の終盤にそのような一節があるとおり、これはただ単に教養としてシュンペーターの思想を知るための本ではありません。
シュンペーターの思想を羅針盤として、現代の経営者たちがイノベーションを目指し、これからの時代を切り拓いていくための提言の書なのです。

シュンペーターの思想はピーター・ドラッカーに受け継がれ、スティーヴ・ジョブズやジェフ・ベゾス、イーロン・マスク、松下幸之助、柳井正、永守重信など、内外の偉大なイノベーター/アントレプレナーの経営の中に体現されていきました。

「シュンペーターの思想には興味があるが、彼の著作は難しそうで……」と、手を出せずにいる中小企業経営者も多いことでしょう。
そうした人たちにこそ、本書をおすすめしたいと思います。読み終えたあと、“いまのような先の見えない時代、また停滞した時代にこそ、次代を切り拓くイノベーションを目指すべきだ”と、シュンペーターに背中を押された気分になることでしょう。

名和高司著/日経BP/2022年6月刊
文/前原政之

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