『理念と経営』WEB記事
企業事例研究1
2022年8月号
“ありがとう”の循環の中に 「次の100年」の種がある

三星グループ 代表取締役社長 岩田真吾 氏
世界のラグジュアリーブランドが熱い視線を送る生地メーカー「三星グループ」( 岐阜県羽島市)。ウール素材中心のユニークな生地づくりを支えるのは、130年を超える歴史の中で培われてきた有形無形の財産である。5代目を引き継いだ岩田真吾社長が考える「サステナブル経営論」とは―。
先輩経営者の一言に迷いが晴れた
岐阜県羽島市や愛知県一宮市など木曽川流域の「尾州 」地域は、イタリアのビエラ、イギリスのハダーズフィールドと並ぶ世界三大毛織物(ウール)産地として知られている。
三星グループの中核・三星毛糸も尾州の生地メーカーである。1887(明治20)年、岩田真吾社長の高祖母・志ま氏が創業してから134年の歩みを刻んでいる。
創業当初は綿や絹織物を艶やかにする「艶付け」を事業にしていたが、祖父の代になりウールに転換し現在の基礎を築いた。
岩田さんは5代目になる。大学を卒業し、大手商社に就職。その後、外資系コンサルティング会社を経て、三星毛糸に入社した。
― 家に戻られたのは2009(平成21)年でしたね。
岩田 27歳でした。大企業で会社員をする中で、自分がやりたいと思ったことを試していきたいという気持ちがどんどん強くなったんです。起業という道もありましたが、私には偶然にも家業を継ぐという選択肢もありました。地方で100年続く会社を革新していくほうが、よりユニークな人生になると思ったんです。
―社長就任は翌年ですね。
岩田 さすがに自分でもまだ早いだろうと思ったのですが、父が「早いには早いなりの、遅いには遅いなりのメリットもデメリットもある。どうせなら早いほうがいい」と言うんです。若いときにたくさん失敗を経験しろという親心だったのかもしれません。私に代を譲ると、父は会社に週1回くらいしかこなくなりました。自分が会社にとって「老害」になりたくなかったようです。
―リーマン・ショックの後で大変な時期じゃなかったですか。
岩田 大変でした。それ以前にウール自体が合成繊維に押されて、バブルをピークにどんどん業績が落ちていました。私が戻った頃は、尾州全体で4000社以上あった会社が200社くらいになり、出荷額は最盛期の1割ほどでした。
―自分が舵を取る自信は?
岩田 やりようはあるかな、とは思っていました。後を継いだ動機が、さきほども言いましたが、人生をよりユニークに送れるかどうかという軸でした。だから、ビジネス的に成功するというよりも、長年培ってきた自社の技術やクリエイティビティで残すべき価値があるものは次に繋いでいけるだろう、と。ただ、リーマンの後でしたので、当初は〝火消し〟に追われていました。
―具体的には?
岩田 コストカットも含めて、数字管理を非常に厳しくしました。それが科学的アプローチだと思っていたのですが、1年後、蓋を開けてみると業績は横ばいで、社員の表情もすごく暗くなっていました。
―それはショックですね。
岩田 本当に……。ある先輩経営者の方に、「岩田君。ちょっと焦せり過ぎなんじゃないの」と言われました。「その若さで社長になっているのは短距離走じゃないんじゃないか。20年、30年という単位で物事を見てみたら」と。
何か肩の荷が降りたような気になりました。腰を据えてやっていこうと、自分で汗をかくと同時に、就業規則を変えたり、工場の庭を整備したりして、誰もが働きやすい環境づくりに力を入れるようになったのです。
欧州のものとは違う日本独自のユニークさ
羽島市の本社2階には広いカフェスペースがある。その壁面を利用して自社の歴史を辿れる展示コーナーが設けられている。
「羊や山羊は1万年も前から飼われていた最古の家畜なんです」「品種改良が進んで、今、羊は3000種類くらいもいるんです」「ウールは撥水性にも、保温性にもすぐれ、吸湿性もあるんです」……。
コーナーを案内してくれる、岩田さんの話は止まらない。聞けば、タスマニアや内蒙古など羊毛の産地に通い、実際に羊たちとふれあったりもしているのだ。
「すごいウール愛ですね」
「はい。はまりこんでしまいました。ウールって知れば知るほど面白いんです」と、笑う。
―12(同24)年に、ヨーロッパの展示会に参加されましたね。
岩田 「プルミエール・ヴィジョン」というヨーロッパ最大の展示会に出展しました。それまでは商社や卸に海外販売を委ねていたのですが、自社の生地が世界でどう評価されるのかを自分の目で確かめたいと思ったのです。それに自分たちがどんな思いでこの生地をつくったのかも直接、伝えたいと思ったんです。
出店を続け、15(同27)年にはイタリアの超一流ブランドのエルメネジルド・ゼニアの新しいコレクションの生地に選ばれました。これはすごい自信になりました。
取材・文 中之町 新
撮影 亀山城次
本記事は、月刊『理念と経営』2022年8月号「企業事例研究1」から抜粋したものです。
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