『理念と経営』WEB記事

失敗を恐れない文化が、 時代を先駆ける価値を育む

凸版印刷株式会社 代表取締役会長 金子眞吾 氏 ✕ 経営学者 早稲田大学名誉教授 内田和成 氏

122年の歴史を持つ凸版印刷株式会社は、いま、大きな転換期を迎えている。紙メディアの急激な市場縮小への危機感から、これまで培ってきたコア事業・コア技術を駆使したDX(デジタル・トランスフォーメーション)戦略を、社を挙げて押し進めているのである。その大胆な事業展開の背景にある「挑戦のDNA」とは――。

「デジタル化の最前線」を、常に歩んできた凸版印刷

内田 凸版印刷に対する私のイメージは、「常に新しいことに取り組んでこられた大企業」というものです。例えば、1970(昭和45)年には早くも、日本初のコンピュータ組版(文字・図版・写真等を組み上げ版にする)を導入されました。80(昭和55)年にはやはり日本初の「ビデオ製版システム」(ビデオ映像信号から直接製版する)を開発されています。

金子 製版(印刷に使うための版を作る)というのは、手間がかかって大変なんです。だからこそ、その分野のデジタル技術が発展するたびに飛びついてきたという面があります。

内田 それ以外にも、マルチメディアという言葉が流行る前から、マルチメディア的なことを先駆的にやられていましたね。

金子 うちの会社は、取り組みは早いんですけど、それがビジネスとして成功しているかというと、ちょっとね……。

内田 マネタイズ(事業の収益化)が、あまりお得意ではない?

金子 おっしゃるとおり。例えば、ネット上のショッピングモールを日本で最初に立ち上げたのは凸版です。94(平成6)年に作った「サイバー・パブリッシング・ジャパン」がそれで、「楽天市場」(97年開設)よりも早かったのです。でも、マネタイズは楽天のほうが一枚上手でしたね。

内田 94年といえば「Microsoft Windows95」が出る前年のネット黎明期ですから、ちょっと早すぎたのかもしれません。

金子 そうですね。ただ、「サイバー・パブリッシング・ジャパン」を立ち上げた経験は、後のデジタル事業への挑戦にすべて生きています。例えば、97年には「Mapion(地図マピオン)」(日本初のインターネット地図サービス)、その後「Shufoo!(シュフー!)」も立ち上げて、それぞれ成功しましたから(現在は子会社「ONECOMPATH」(ワン・コンパス)が運営)。

内田 電子チラシ・サービスの「Shufoo!」が凸版の事業であることは、存じ上げませんでした。

金子 「Shufoo!」は凸版の関西事業部が始めたもので、最初は関西エリアだけでやっていたんです。当時、私は本社の経営企画本部長だったので、「これは面白い試みだ。凸版全体で取り組もう」と決めて、本社に持ってきて大々的に全国展開しました。
なぜ「面白い」と思ったかというと、凸版は1900(明治33)年の創業以来、ずっとBtoB(企業間取引)だけでやってきたので、BtoC(消費者対象取引)も手がけたいと思っていたからです。Cの動向を詳しく知らないと、顧客企業に対する適切なプレゼンテーションもできませんからね。

2万社超の顧客との交流から見える「時代の流れ」

内田 凸版の幅広い事業を外から見ていますと、お客様のニーズに応える部分と、自社の技術をベースに横展開する部分の両面があると感じます。意図的に二面展開されているのですか? それともたまたまでしょうか?

金子 両方だと思います。うちは毎月2万社以上のお客様とお取引しているんです。お取引先はあらゆる業種にわたります。企業規模も、自動車会社、あるいはメガバンクのような超大手から中小企業まで、千差万別です。当然、私どもに対するニーズも多種多様で、それらにすべて応えていかないといけません。だからこそ、凸版の事業もおのずと幅広くなるわけです。
受注産業ではありますが、言われたことをただやっているだけではありません。と言いますのも、多種多様なお取引内容を俯瞰すると、時代の流れがくっきり見えてくるからです。例えば、「新商品を開発したから、それに合うパッケージを作ってくれ」とか、そういうお話をあらゆる業界からいただくわけです。つまり、仕事を通じて、あらゆる分野の最前線の動きに触れることができる。そうした点をつないで線にして考えると、「いま世の中はこういう方向に進もうとしている」ということが見えてくるのです。だからこそ、時代に先駆けたことができる。そこが凸版の強みだと思っています。

内田 さまざまなお客様から得た情報をまとめて、世のトレンドに先駆けて一つの方向に事業化していくのですね。

金子 そうです。例えば、1960年代初頭から現在のフォトマスク(半導体などの製造工程で使うパターン原版)につながる事業をやってきましたが、今年の4月に「トッパンフォトマスク」という別会社にしました。フォトマスクが半導体産業を支える一つの柱になったので、単独の事業体として成り立ったわけです。

内田 時代の流れが見える立場といっても、その流れについていくだけの技術力・開発力がなければならないわけですが、凸版にはそれがあるわけですね。

金子 フォトマスクの最先端は微細化技術の競争になっていまして、ついていけない企業は脱落していきます。口幅ったい言い方になりますが、凸版には最先端を走るだけの技術力があるのです。創業当時、大蔵省印刷局で「エルヘート凸版法」という最新鋭の印刷技術を担っていたのが原点ですから、伝統的に技術には力を入れてきました。そもそも、自社で技術開発しないと、お客様に提案できる立場にはなれませんから。

内田 印刷技術の最前線を走ってこられたのは当然ですが、半導体となると、また勝手が違うと思うんです。半導体やソフトウエアの優れた技術者は、採用に苦労されるのではないですか?

金子 苦労しています。ずっとやってこなかったテレビCMを私どもが昨年から大々的に始めたのも、一つには人材確保のためです。凸版印刷という名前は皆さんよくご存じなんですが、何をやっている会社なのかはあまり知られていません。下手をすると、「寅さん」の映画(『男はつらいよ』シリーズ)に出てくる「タコ社長」が経営する小さな印刷所のイメージで、わが社も見られているわけです(笑)。
だから、理系で優秀な学生が凸版に入ろうとすると、親御さんに反対されたりします。そのイメージを変えていかないと、優秀な若者は集まってこない……そんな危機感が、あの「すべてを突破する。TOPPA!!! TOPPAN」というCMの背景にあるのです。

構成 編集長 前原政之
撮影 中村ノブオ


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本記事は、月刊『理念と経営』2022年8月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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