『理念と経営』WEB記事

第22回/『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』

経営者に「聴く力」が求められる時代

経営者の多くは話が上手です。
社員たちを集めて話をするなど、人前で話す機会が日常的にあるため、場数を踏むことによっておのずとうまくなるのでしょう。

そのように、「話す力」が求められるのが経営者ですが、それでは「聴く力」のほうはどうでしょう? じつは「話す力」と同じくらい、「聴く力」が経営者に求められるようになってきたのが、いまという時代だと思います。

そのことを象徴しているのが、昨今の「1on1(ワンオンワン)ミーティング」の流行・隆盛です。
Amazonで「1on1」を検索してみれば、すでに日本でも「1on1ミーティング」の解説書・入門書がたくさん出ていることがわかります。

1on1ミーティングは、その名のとおり、上司(経営者)と部下が一対一で定期的に面談するもので、とくに上司の側が聴き役になる点に特徴があります。
元は、米国のシリコンバレーで生まれた人材マネジメントの手法です。いわゆる「心理的安全性(psychological safety)」を会社の中に確保するためにも、1on1ミーティングは大きな役割を果たすとされています。

そのように、経営者や管理職に「聴く力」が求められる時代にふさわしい本を、今回は取り上げましょう。

「聴く」という営みの価値を探究する大著

『LISTEN』は、『ニューヨーク・タイムズ』紙を中心に活躍する米国のジャーナリストが、「(人の話を)聴く」という営みの本質に多角的に迫った一冊です。

『LISTEN』というタイトルが示すとおり、ここでいう「聴く」は能動的に人の話に耳を傾ける「傾聴」であり、受動的に「耳に入ってくる」という意味の「聞く」(Hear)ではありません。

「はじめに」で、著者は次のように言います。

《本書は、聴くことを賛美する本であり、また文化として「聴く」力が失われつつあるような現状を憂う本でもあります。(中略)聴くスキルを伸ばすための指南書としても書きました》

《「聴く」力が失われつつあるような現状》という言葉は、日本でも思い当たるでしょう。
昨今は、ビジネス上の用件でも人と直接会わず、しかも電話ではなくメールやLINE等で済ますことがあたりまえになっています。
そうした傾向は、2年以上にわたるコロナ禍によって拍車がかかりました。

会って話さなければ仕事が始まらなかった時代に比べ、私たちの「聴く力」はかなり減退しているでしょう。
じっさい、昨今の若手社員には電話応対を大の苦手とする人が多く、「電話に出るのが嫌で会社を辞めてしまう」ケースすら少なくないようです。

そのような時代だからこそ、私たち――とくに経営者・管理職――は、意識的に「聴く力」を磨いていく必要があります。そのための格好のテキストが、この『LISTEN』なのです。

500ページ超えの分厚い大著を通じて、「聴く」ことの深みと価値が探求されていきます。
これは「聴く」という営みの研究書であり、「聴く力」を高めるための実用書でもあるのです。

プロの聴き手たちの経験と技術を集約

「聴く力を高めるための実用書」は、日本でも本書以前にたくさん出ています。では、そうした類書と本書の違いはどこにあるでしょう?

類書の多くは、カウンセラーなど「聴くこと」のプロが、自らの経験を踏まえて傾聴の極意を開陳する内容でした。つまり、基本的には著者一人の経験をベースに書かれていたのです。

それに対し、本書はさまざまな分野の傾聴の専門家たちに取材して書かれています。
取材対象として登場するのは、心理療法士、牧師、人質の解放交渉人、グループインタビューのモデレーター(司会者)、バーテンダー、美容師、ラジオ・プロデューサー、スパイ(!)など、多種多様な“聴くことのプロたち”――。
そうした人たちへのインタビューと関連文献の渉猟に、著者は2年を費やしたそうです。

著者自身がジャーナリストというプロの聴き手であり、インタビュー経験も豊富なのですから、自らの経験のみに依拠して本書を書くこともできたでしょう。
しかし、著者はそうした安易な道を選ばず、手間暇をかけて、幅広い視野から「聴く」ことの意義に迫ったのです。

多彩なプロの聴き手たちの経験と技術のエッセンスが、本書には集約されています。そこにこそ、類書と一線を画する本書の独創性と価値があるのです。

「聴く」ことのイメージが一変する本

「聴く」という営みについて、これほど深く豊かな内容を持つ本も稀でしょう。
学術的視点と実用性を兼ね備えているうえ、登場するエピソードが豊富で、単純に読み物としても面白い一冊です。

なお、本書の副題が「知性豊かで創造力がある人になれる」であることに、首をかしげる人もいるでしょう。というのも、人の話を聴くことは、一般に、相手への理解を深め、人間関係を豊かにするための営みとして捉えられているからです。

しかし、著者は丹念な調査を踏まえて、聴くことの価値はそれだけにとどまらないことを明らかにしていきます。

《「聴くこと」は、創意工夫の原動力です。
 聴くことなしに欲求を理解し、問題を察知するのは無理な話ですし、完成度の高い解決法を生み出すなど、なおさらできません》

《耳を傾けることで、自分の視野の外側で展開する世界に気づき、受け入れるようになります。そしてそれが、自分の狭い視野の内側で起きていることの整理に役立ちます》

つまり、人の話をよく「聴く」ことを重ねていくと、聴く側の問題解決能力や創造性も高まり、自分自身の内面への理解も深まるというのです。「聴く」ことで「知性豊かで創造力がある人になれる」という本書の副題には、そのようなニュアンスも込められていたわけです。

「聴く」という営みに対するイメージが、読後に一変する本と言えるでしょう。

「聴く」ことと無縁な職業はないでしょうから、本書はあらゆる職業の人に役立つでしょうが、もちろん経営者にとっても有益です。
すでに1on1ミーティングを取り入れている中小企業も多いでしょうが、読めばミーティングに臨む心構えが変わるはずです。

そして、経営者が「聴く力」を高め、そのことによって社員とのコミュニケーションを豊かにするためのヒントも、随所にちりばめられています。

ケイト・マーフィ著、篠田真貴子監訳、松丸さとみ訳/日経BP/2021年8月刊
文/前原政之

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